MIX FIGHT今昔物語
Text by UU
その6「浪江VS大五郎(万田不仁特集)」

 さて、今回は再び反則技ですが、古の奇譚クラブより万田不仁特集をお届けします。
何が反則技って、こういうM関連てのは、やはりその種の傾向の「専門誌」には敵いま
せん。こうした類の本を読んでしまうと、とても図書館で真面目(?)に坂口安吾など
探索してはいられなくなります(笑)。やはり格闘Mモノのご紹介、と、銘打ったから
には、普通の文芸や漫画、アニメ、映画の中などから、先ず紹介して、それから少しず
つディープに・・という展開で話を進めるのが、常道かとは思います。最初から専門誌
に行っちゃ拙いのは、先刻承知なのですが、私の好みからして、どうしても田代俊夫と
万田不仁と夏木青嵐は、外せないので・・。
 
 で、万田不仁ですが、彼は1962年頃から、1966年まで性風俗誌「奇譚クラブ
(笑い話ですが、昔の人は、この雑誌のことを「KK誌」と読んでいました。「KIT
AN」は、ともかく「CLUB」ですからね・・。ローマ字読みだったのでしょうが、
今見ると笑えます)」に、格闘Mを、本当に格闘Mだけをメインに様々な小説を発表し
ています。
 その文章は、格調高く、何処となく純文学の香りすら漂わせています。また昔の武士
の慣例や様式などにも造詣が深く、恐らくは歴史家か小説家か、そのあたりのプロの偽
名ではないか、と、思われます。 62年頃から、と、したのは、当時の奇クに、「西
田仁」という名前のやはり格闘M小説を書いていた人がいて、恐らく彼のもうひとつの
ペンネームであろうと、思われるからです。
 
万田不仁としては、系統立てたシリーズものを書いており、「被虐愛ざんげ」「悦虐
絵灯籠」、「花物語」などというタイトルが添えられていました。
 めぼしいところを紹介しますと、
 
「被虐愛ざんげ」(1963年頃)
  酔った女、愛の惑い、絹代と私、変身記、白いソックス
「悦虐絵灯籠」(1964〜1966)
  白百合抄、隠花植物、姫小姓奇聞、浅き夢みし、青い時代、花石榴、榾の宿、浪江
大五郎、兜首、初陣、首化粧
「花物語」(1966年)
  ひいらぎの花、牡丹
 
 特に「悦虐絵灯籠」においては、武家時代の戦、その最中の男女の組打ち、そして男
性の惨めな敗北、そして女性による斬首、を執拗なほど綿密な文章で克明に描き続けま
した。その3でご紹介した田代俊夫が、別のエッセイで、「良いですね、悦虐絵灯籠、
でも万田先生、何でも言うことききますから、どうぞ命ばかりはお助けを・・」と呼び
かけていたのには、笑えました。ま、確かに殺されてはたまりません・・。(笑)
 
 中でも特に、私のお気に入りの「悦虐絵灯籠の13浪江大五郎」をご紹介します。
 
 大島大五郎は、市村座の若手女形の役者。色白で細おもてのやさ男。権力者の穆翁の
道楽に付き合わされて、女中たちの女相撲を観覧させられるが、その怪しげな毒気にす
っかり肝をつぶして震えるばかり。その前で、穆翁お気に入りの萩路と浪江が、裸身に
派手な色のまわしを着けて取り組む。まだ二十歳の萩路が上手投げで勝つと、穆翁は、
浪江に盲人と取り組むように言います。(以下、差別用語とされている文言が入ります
が、元々の文体を損ねないよう、そのまま掲載します)
 
>>>>>>
 やがて、近侍に伴われて、盲人が現れた。大五郎が見るとめくらは三十歳くらい、頭
を青々と剃り上げているのが、そのしっかりした体に尚精悍な感じを添えている。
(中略)
 一方、浪江は、さき程、若い萩路との相撲で、今ひと息で寄り倒せたところを上手投
げに仕止められた口惜しさに、勝気な女だけに腹が立っている。今咲き開いた花のよう
に美しくとも萩路はたかが小間物問屋の娘、自分は禄高は少なくとも武士の娘という誇
りが胸を痛くさせた。
−−盲人風情と私を、嫌らしい殿様、しかし、萩路に投げられたのは残念でならぬ、い
っそこの腹立たしさをこのめくらの上に・・
 彼女も美貌で若く見えるがもう二十七、切れ長の目がどこか冷たい性格を想わせる。
「ひ、彦六にございます」
 盲人が平伏した。
「うむ、そちの相手は浪江じゃ、武芸自慢の女ゆえ、男のそちもうかうかすると息を止
められようぞ」
 と穆翁が愉しげに声をかける。
「はい、はい、は、はい、ハハハ、どうつかまりまして、手前も、これで力自慢でまさ
か、お女中に取りひしがれるとも思えませぬ、へい、へい」(中略)
「殿、私も女の非力とはいえ、やわか盲人風情におくれを取ることはございませぬ」
 浪江もきっぱりといった。
「ま、まァ良いわ、(中略)こんどは相撲とは違う、押されても倒れても、いや抑えつ
けられても負けではない。息の根の詰まるまで争うのじゃ、よいな、さァはじめるがよ
い」(中略)
 彦六と浪江は(中略)緋もうせんの上で組合って、互いに相手をねじ倒そうと力んで
いる。浪江の白い体に、見る見る血の色がさしてくる。(中略)
 緋もうせんの上では既に二人はどちらからともなく掛けた足業で同体に倒れ、すぐに
そこはめくらでも男の力、彦六が上になって、両手で浪江の頭を抑え、もうせんに、そ
の後頭をごじごしこすりつける。
「う、うううッ」
 浪江の唇から切なそうな声が出る。
(中略)彼ははや勝誇って得意げに
「いかがでございます、殿様、座頭でもこのくらいの力はございます、はい」と、うそ
ぶいた。が、浪江も武芸の嗜みのある女、もちろんこう一方的に勝負のつく筈もない。
「ええいッ」
 気合もろとも彦六を跳ね飛ばし、再び立ち業にはいる。(中略)
 彦六は(中略)、また浪江を捻じ伏せて、女の両手を逆にして悲鳴をあげさせようと
力をしぼる。彼は実に力自慢らしく容易に浪江の技に陥らぬ。(中略)
 それでも流石に浪江も巧者、うまく体を反転させて彦六の責めから逃れた。そして立
ちざまに腰投げて彦六をしたたかに投げた。
「や、や、や、や」
 見事に投げられた彦六はむきになった。彼はしゃにむに浪江に飛びかかり押し倒そう
としては、その都度鮮やかな投げ業を食った。彼はいつかあせってきた。(中略)
「えい」と、浪江の下手投げがきまる。もうせんにたたきつけられて、彦六は思わずう
めいた。彼は浪江の膝に取付いて押倒した。しめたと乗りかかって咽喉輪攻めにいこう
とした時、浪江の両脚ががっちりと彼の胴をはさみ込んだ。胴締めである。
「ああ、やられる」近侍の一人が低く呟いた。近侍は既に何人か浪江の胴締めに屈伏し
ためくらを知っていた。
 彦六は(中略)、浪江の強く交叉した脚の間に胴を挟まれ締めあげられて、次第にぜ
いぜい息がせわしくなってきた。(中略)
「ふふふふ、浪江の得意の手じゃナ、彦六とやらもしてやられたの」
 穆翁の声には失望したようなひびきもある。(中略)
「げえッ」と彦六の情けない声が大五郎を驚かせた。やっと胴締めを解かれて、立上が
った彦六が浪江にまた投げつけられたのだ。こうなると武芸の心得のない悲しさ、彼は
立ち上がると同時に足技でおもしろいように投げられるばかり。(中略)
 浪江は頃はよしと倒れた彦六の胸板の上に荒っぽく馬乗りに跨って、彼の両手を膝で
制し、おもむろに男の首を締めにかかった。
「う、う、う、う、う、う」
 浪江の顔に冷ややかな笑いが浮かんだ。彦六の脚が弱々しくばたつく。
「ううむ、浪江には勝てぬか」
 穆翁が舌打ちした。
 緋もうせんの上では、彦六が最初の勢いはどこへやら、大柄な美人の浪江にどっかり
と組敷かれ、首を締められ絶息しかけている。(中略)
「ううむ、もうよいわ、浪江には褒美をとらす。(中略)」
 穆翁が叫んだ。立ち上がった浪江は長々とのびた彦六の下腹部を右足で憎らしげに蹴
り、それから上段の間の穆翁に深く一礼して下がっていった。女形の大五郎はほっと熱
い吐息をついた。彼の血はあやしく揺すぶられて、浪江の顔が灼きつくように心に残っ
ていた。
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 浪江に心惹かれる大五郎ですが、ある日ふとしたことから萩路の慰みものにされてし
まい、間の悪いことに、それをお忍びで遊びに来ていた穆翁と浪江の二人に見られてし
まいます。
 そうとは知らぬ大五郎は、茶屋の離れ座敷に浪江を誘い、日頃娘を口説きなれたやり
方で、浪江に迫りますが、却って気位の高い浪江の怒りを買ってしまいます。
 
>>>>>>
「ええ、身のほど知らずが、私はもう帰る」
 しつこくまとわりつく大五郎をふり払って浪江は席を立つ。つきのけられた大五郎は
よろめきながら行燈の灯をふっと吹き消した。
「浪江さま、浪江さま」
 暗がりに大五郎のこびを含んだ声。と、どたりと人の倒れる音がして、
「げえッ」と、大五郎の悲鳴。
                                  >>>>>>
 盲人による女責めの図を渇望する穆翁の歓心を得るために、大五郎は、大男の座頭を
推挙しますが、これが萩路に簡単に押さえ込まれ悶絶してしまい、却って穆翁の不興を
買うことになります。飽くことなく刺激を求める穆翁は、以前の萩路と大五郎の逢瀬を
思いだし、大五郎に萩路と取り組むように命令します。大五郎の哀訴など受け付けられ
るはずもありません。
 
>>>>>>
 緋もうせんの上で萩路は大五郎と対した。
 萩路はむろん穆翁の心のうちを知るべくもない。ただ困ったことになったと眉をひそ
めた。萩路は寧ろ控えにいる浪江が意地悪い笑みを浮かべて見守っているのが気になっ
た。
 勝負は簡単だ。何の武芸の心得のない女形と男まさりの武芸自慢の萩路。忽ち大五郎
は押倒されてしまう。
「萩路、手ごころをしてはならぬぞ」
 穆翁のしゃがれた声がひびく。(中略)
 萩路はとも角、大五郎の胸板に馬乗りに跨って両手で男の喉をしめた。そして、小声
で「はやくぐったりするがよい。気を失ったふりをしなさい」
 と、足をばたつかせて儚くあがいている大五郎に言った。大五郎は心得て、両足で空
を蹴り、やがてぐたっと伸びる。(中略)
 近侍が二人、大五郎の頭と足を持って次の間へ下げようとした。
「待て、待て、大五郎は気絶しておらぬ」
 さすがに穆翁、萩路の絞め様にまやかしのあるのを見破って大喝した。益々不興にな
った彼は、
「萩路は謹慎せよ、余をたばかかったナ」
 と怒鳴る。近侍たちは雷に打たれたようにおののいた。
「よい、大五郎はまだ退出してはならぬ。浪江、大五郎と取組め」
 鶴のひと声。大五郎の顔はくしゃくしゃになった。浪江が冷たい笑みをかくさず、ゆ
っくりと立って大五郎の前に来た。白い裸身に朱緞子の褌が灯に鮮やかだった。
 
 市村座の人気女形大島大五郎の急死は、江戸の芝居好きの人々を驚かせた。それも病
死ではなく、変死ということで様々な噂がとんだ。(中略)
 翌年の春、浮世絵師自笑軒英千の筆になる女形大島大五郎の最後とでも題すべき絵が
ひそかに版行された。その画柄は褌をしめこんだ大柄な裸の女中が大五郎を馬乗りに組
敷いて、弓の折れを男の喉に当てがっている、極めて猟奇趣味に富んだものであったと
言われている。
                                  >>>>>>
 この作品は特に、恋い慕う女性に責め殺される男、っつう構図がはっきりしていて好
きな作品です。
 ちと冗長に過ぎますので、後は代表作の粗筋の紹介だけ。
 
 「初陣」
 17才で初めての戦にでた高島蘭丸は、女武者と一騎打ちになり、押さえ込まれてし
まう。美しい女武者美弥は、蘭丸の可愛い顔立ちを見て、女人の肌身も知らずに死なす
のは気の毒と、情けをかける。年上の美女に女上位で初体験をさせてもらった後、首を
掻かれる蘭丸。
 「兜首」
 功名心から美しい女武者月子に挑み、簡単に組み伏せられて首を掻かれる太郎次。
 「青い時代」「白いソックス」
 ともに現代劇。やはり美しい女性に組み敷かれて屈辱をあじわう男の話。
 「花石榴」
 まだ若く美しい友人の母に剣道で挑み、打ちすえられた末、面を取られる中学生の話。
 などなど、まさに格闘Mの教科書とでも言うべき、豪華絢爛な(笑)ラインナップで
すね。
 
>>読んでみたい人へ 
 やはり古本屋をこつこつと回るか、その三で、ご紹介した「風俗資料館」に行くぐら
いしか手はありません。面倒ですが、興味のある方なら、時間をかけて足を延ばす価値
はあると思います。
 
>>その他
 万田不仁って、今どうしてるのでしょうねぇ・・。私の想像した通りなら、それなり
に名のある人ではないか、と、思うのですが・・。何か似たような著作を著している方
がいたら、ご一報ください。・・興味本位ですが。
 
 その六は、「万田不仁特集」でした。
 
(本文中敬称略)

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