MIX FIGHT今昔物語
Text by UU
その5「小山内歌子VS存八(女剣士から)」

 世界のM文豪、マゾッホに続きましては、日本のM文豪、坂口安吾の登場です。
 本当は、日本のM文豪と言えば、谷崎潤一郎を挙げなければならないところです
が、谷崎の作品中には、格闘Mモノを刺激するような内容のものがありません。強
いて挙げれば、「痴人の愛」において、ナオミと将棋をする譲治が、わざと負けて
やっているうちに、次第にどうしても勝てなくなり、簡単に捻られて、嘲笑される
シーンがあるのみです。
 余談ですが、私は、このシーン見たさに、「痴人の愛」が映画化される度に、映
画館に足を運んでは、裏切られ続けてきています。・・このシーンは、ナオミと譲
治の位置関係が、微妙に少しずつ、ずれだしていることを、実に効果的に暗示して
いる場面なのですけどね・・。・・それはともかく・・。
 坂口安吾の小説には、S女性がたくさん出てきますが、その中では、Sを意識し
ていないS女性。絶世の美女にして、剣の達人、小山内歌子は25歳。対する元コ
ソ泥の存八は、42歳。「女剣士」は、こんな二人の物語です。
 
 元コソ泥だった存八は、下僕として、法神流免許皆伝の小山内朝之助と、美しい
娘、歌子の住む小山内家に雇われます。存八に剣の才能を見込んだ親子は、彼を厳
しく鍛え上げます。そして、厳しい修行が続く中、歌子は生まれて初めて、男(存
八)を可愛いと思い始め、恋心を抱くようになります。
 一方、朝之助から、一番強い弟子を歌子の婿にするつもりである、と、告げられ
た存八は、勿論死に物狂いで修行にこれ努めました。
 しかし、父朝之助は、何時のまにか、そんな二人に嫉妬している自分に気がつき、
ある日、自棄の念から、自分のイチ物を切り落としてしまいます。
 歌子の方は、そんな父の邪念に気付くこともなく、山籠もりをしていた父と別れ
て可愛い存八の待つ自宅へと帰ります。
 ところが、自宅の道場では、すっかり上達した存八が、もう一人の弟子、寺田を
一撃で打ち据えていました。それを目撃した歌子は、逆上します。
 
>>>>>>
「アッハッハッハ。それ」
 と云って存八が左手の木刀で寺田の腰骨をなぐって打ち倒し、倒れた寺田には目
もくれずに人形に向かって突きの稽古をはじめたのを見て、歌子はにわかにムラム
ラと腹をたてた。
「なんて高慢な!」
 ムカムカするほど不快がこみあげた。雑兵のくせに、なんたることだ。一刻も我
慢ができなかった。
 歌子は吊した荷を下して、木刀を握った。道場の戸口をくぐってズカズカと存八
の前へすすみ、それに気がついて挨拶しようとする存八をいきなり打ちすえた。し
かし存八もタダならぬ歌子の気勢に警戒は怠らなかったので、辛うじてかわして、
逃げ腰に構え、
「なにを、なさる」
「お前は留守中にずいぶん高慢になりましたね。さだめし上達したからでしょう。
私が相手になってあげる。さ、おいで」
「木刀はダメですよ。稽古をつけて下さるなら、面小手をつけてやらせて下さい」
「エイッ!」
 腰骨にうってかかった。半分かわしたが、したたかな一撃。二撃三撃とこの木刀
でやられては命がないから、無我夢中、存八は木刀をすてて身を投げるように武者
ぶりついた。一晩寝ずに歩いて来た歌子は疲れきっているから、組み打ちになって
互角の格闘がつづいた(中略)。しかし、いかに要心しても体格も技術も上の歌子
に対しては勝味がない。次第に存八の疲れるのを待って、ついに敵の指をとった歌
子。指の逆手。(中略)
「アイテテテ・・」
 と身体の立つところをエイッと当身。倒れてもがく存八をハッタと睨んだ歌子、
木刀をとりあげて散々に打ちすえた。皮がやぶれて諸々に血がにじみ、存八息も絶
え絶えである。歌子は荷物を拾って部屋へ帰り、寝床をしいてねてしまった。
                               >>>>>>
 
 まだまだ・・。(笑)
 
>>>>>>
 もはや歌子は存八について考えるたびに、あのいやらしい高慢な様をはなれて存
八を思いうかべることができない。今さら存八がどのように小さくなっても、あの
高慢な様を離れて存八を見ることができないのだ。(中略)可愛い存八はもはや存
在しないのだ。歌子はバカらしくて、そんな存八はもはや考えてみる気にもならな
かった。歌子は気が立つごとに、木刀をぶらさげて気がすむまでは一日中でも存八
を追いまわしていた。存八は逃げるばかりが能ではなくなり(中略)隙があればつ
けいるぐらいの手筋や気合を見せることもある。これがまた歌子を一そう怒らせた。
 時日のわりに存八の上達は見るべきものがあったが、幼少から筋の正しい剣を仕
込まれている歌子にはとうてい勝てない。結局ポカポカぶん殴られてしまう。その
日のお天気次第で、このポカポカが一日に何度も何度もくりかえされるから、存八
の全身はコブまたコブ。傷また傷。コブの上にコブ。存八は仕方がないから真夏の
さかりでも厚く綿をつめた刺子をきて、同じく綿入れの手甲、スネ当てを一着、同
じく厚く綿をつめた飛行帽のような面をかぶっている。(中略)これだけの装束を
していても木刀の乱撃をうけたあげくに七転八倒あるいは悶絶をまぬがれがたいの
である。(中略)
 ある日、存八の反撃を歌子が受け損じ木刀が手から放れたので、したたか肩をう
たれた。しびれる痛みにわずかに一瞬動きを忘れてしまったところを、胃袋に拳の
一撃をうけたのである。歌子はウッと背をまるめて地上に倒れてしまった。その時
の存八、思わず破顔したのである。一度でもこういうことがありたいと思いつづけ
ていたことだ。まるで彼がやられるようにやることができた。おのずから満面に得
意の微笑、禁じることができない。そのあげくには音をたてて、
「ハッハッハッハッハァ」
 バカのようにトメドなく笑いだしてしまったのである。地上に倒れて痛みをこら
えながら、歌子はこれをツブサに見た。まさに下司下郎の高慢、不潔、下品、堪え
がたいものだ。
「オノレ!」
 立ち上がった歌子はシャニムニの攻撃、逆に存八の木刀を打ち落して、右から上
から左から、メチャメチャに打ちすえ、ついに倒れて見うごきのできなくなった存
八を組みしき、刺子、面小手の武装を解除し、奴めの胃袋からはじめてアゴも鼻柱
も口もミケンも存分に殴ったのである。
 ホッと一息、満足して立ち上がった歌子は、(以下略)
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 ま、まだ続きますが、この辺の精神世界はちと複雑なので、この辺にします(笑)
 
 安吾にはこの他、元関取が、美人女給(ウェートレス)に、ボディブロー一発で
悶絶させられ、さらにアッパーカットでアゴを散々に殴られ、のびてしまう、「ニ
ューフェイス」という作品もあります。
 またMに限った作品でも、S女性が出てくる「ジロリの女」(折檻として冷水風
呂に入らさせられる)、「桂馬の幻想」(縛られて、平手打ちの折檻)などは見逃
せません。また「目だたない人」でも、二人の女性に縛りあげられて、バンドで頬
を散々に打ちすえられる男の話、等々、ともかくまだまだ沢山あります。
 
>>読んでみたい人へ 
 坂口安吾全集は、どんな図書館でも、無いところはないでしょうから、ぜひ足を
お運び下さい。
 
 その五は、「女剣士〜坂口安吾」からの、ご紹介でした。
 
>>その他
 その2で、ご紹介した「ニーベルンゲンの歌」ですが、これは、岩波文庫にあり
ました(相良守峯訳)。前編と後編がありまして、問題の箇所は前編の方です。
 ご紹介した文章ですが、やはり二晩目は、私の創作でした・・。正しくは、本屋
等で、ご確認ください。

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