MIX FIGHT今昔物語
Text by UU
その4「シャスト=ゲー夫人VSクレルモン侯爵(サロンの姉妹から)」

 さて、マゾヒズムの御大、レオポルド・リッター・フォン・ザッヘル=マゾッホ
の登場です。
 ちなみに、レオポルドが名前で、ザッヘルもマゾッホも姓です、って、そんな雑
学はさておき・・。
 この章は、一蔵通信にて、伊藤一蔵氏が、マゾッホの著作について、書かれてい
るのを見て、この作品にしようと決めた次第です。
 ただ、あの内容はすべて、フィリップ・ペランという作家の書いたポルノ小説、
それも、この時期に上映された同名の映画(「作家マゾッホ愛の日々」)のインス
パイアード・ノベルからのものに過ぎない、ということを、ここで申し上げておき
ます。
 実際、マゾッホの作品群の中に、そのものズパリ格闘M物語、というのは、あま
りないようです。産婆との格闘場面なども、マゾッホと離別後の妻、ワンダがマゾ
ッホを貶める目的で書いた告白録の中に、書かれてあるばかりです。長年マゾッホ
の妻でありながら、マゾヒズムについて、更に、マゾッホのマゾヒズムの特性につ
いて、生涯理解することのなかった彼女の手によるものなど、どうして信用できま
しょうか・・。
 気位もプライドも高く、貴族のような生活を好んだマゾッホが、産婆ごときと取
っ組み合いをして、抑え付けられて喜んだ、などとは、ちょっと眉唾物です。彼の
マゾヒズムは、相手が身分の高い女性に限られる、いわゆる貴婦人趣味で、自らを
犬化や馬化して喜ぶ、自虐的なマゾヒズムとは、一線を画していたはずなのですか
ら・・。
 ま、マゾッホについて書き出すと、キリがなくなりますので、この辺で閑話休題。
 
 この「サロンの姉妹」という作品は、昭和52年に桃源社から発行された「ザッ
ヘル・マゾッ選集」の第二巻「残酷な女たち(飯吉光夫、福井信雄訳)」という短
編集の中の一編です。
 大きな図書館なら、あるところもあるようです。
 
 フェンシングによる男女の決闘が描かれています。なかなか良いです。(笑)
 
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 マダム・ド・シャスト=ゲーとマダム・ド・ラ=ドゥーズという美人の姉妹が、
ルイ15世の治世の最後の十年に、ヴェルサイユの宮廷や、パリの社交界や、文士
や哲学者のサロンで果たした役割は、人々の目を瞠らせずにはいなかった。ふたり
は異論の余地なく世に稀れなといえるほど強い関心の的であった。それもそのはず
で、ふたりはいずれも、男をいたく感激させずにいない女の魅力のありったけと朗
らかな気性を兼ねそなえていた上に、当時の賢女(フアム・サヴアント)たちの迸
る才気をも身につけていたのである。
 マダム・ド・シャスト=ゲーは、快活なブルーの目と、当時のある詩人からアモ
ールの弓に喩えられた形よくそった眉をした、わけても手と足の美しい、豊満な肢
体のブロンド美人だった。妹のマダム・ド・ラ=ドゥーズといえば、リシュリュー
公爵が哲学者を集めてある晩餐の席で「千夜一夜物語のメールヘン」と名づけた、
後宮の女を思わせるような黒い目のよく目立つ、ほっそりしたブリュネットの美人
だった。
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 さて、リシュリュー公爵邸で催された仮面舞踏会に、シャスト=ゲー夫人は、女
神ディアーナの扮装で参加していました。かねてより美しい彼女に思いを寄せなが
ら、希望と絶望を交互に味合わされていたクレルモン=トンル侯爵は、回教の托鉢
僧に扮していましたが、ひと目で女神の仮面の下に自分の偶像がいることに気付き、
その後をつけました。ところがなんと、彼女は、別の男と遊んでいたのでした。
 傷ついた彼は、彼女を挑発します。
 
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 仮装者の雑踏の中でやがてまたシャスト=ゲー夫人を見かけたとき、侯爵は歩み
寄ると、夫人の耳元で囁いた。「才女と言われるご婦人方がいつでも脳(ママ)なし
の男を恋人になさるのは、おかしなことです!」
 マダム・ド・シャスト=ゲーは托鉢僧の目をちらっと探るように見ただけで、自
分の前にいる男の正体を見破った。「東洋からみえた巡礼のお方、もしあなたのお
っしゃるのが正しければ」と、夫人は手きびしく言った。「あたくしとっくにあな
たのお話にも耳を貸してさしあげたはずですわ!」
「マダム、あなたは背信だけではすまずに、嘲けりと無礼までつけ加えようとなさ
るのですね?」
「侯爵、恥をお知りなさい!」と、美しい夫人は天鵞絨の仮面の下で顔を赤らめな
がら言った。
「(中略)あたくしはいまあなたに加えられたような侮辱を甘んじて受け流すよう
な女ではないことよ。いいですこと、剣による決闘に応じていただきます」
「なんと突拍子もないことを!」と、侯爵は叫んだ。
「もう一度言わせていただくけど、あなたはあたくしと決闘なさるのよ・・あたく
しは節を曲げはいたしませんから。」
「仰せのとおりに、マダム」(中略)
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 決闘は、翌日の午後、フォンテーヌ・ブローの森の中で行われた。ところが薄着
で現れた彼女の美しい体の線を見て、侯爵はのぼせあがってしまいます。
 
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 言葉を失った侯爵は初めて目の前にする彼女の艶やかな肢体を、酔い痴れた目で
食い入るように見詰めていた。(中略)ユーノーさながらの美しいからだの線が、
侯爵をすっかりのぼせ上がらせてしまった。侯爵は剣をまじえる前に、もう勝負を
失ったも同然だった。
 (中略)マダム・ド・シャスト=ゲーと侯爵は礼法どおり挨拶をかわすと、おの
おのの定位置についた。(中略)
 リシュリュー公爵が決闘の始まりを告げた。シャスト=ゲー夫人は間髪を入れず
あざやかな攻撃を開始して、敵を追い立てた。侯爵は夫人の勢いに押されてずるず
ると後退していったが、そのうちに木の根に躓いて、尻餅をついてしまった。シャ
スト=ゲー夫人はただちに剣の切先を下に向け、数歩あとじさった。「お立ちにな
って」と、彼女はすっかり冷静を失った侯爵に吐き捨てるように言った。「なにを
そんなに取り乱していらっしゃるのです?あなたがあたくしの前にひれふすのはな
にもこれが初めてというわけでもありませんのに。」
 ついに侯爵が立ちあがった。彼の頬には血が昇っていた。リシュリュー公爵の合
図を待つが早いか、侯爵は美しい敵に猛然と打ちかかったが、彼女はたくみに攻撃
をかわすとみるまに、もう侯爵の剣を奪っていた。侯爵が二度目に剣を拾ったあと
では、シャスト=ゲー夫人が三度の撃ち合いののちに侯爵を立木に追いつめ、その
場でかれの肩に傷を負わせた。決闘はそれをもって終った。シャスト=ゲー夫人は
リシュリュー公爵に抱えられた敗者に蔑むような流し目をくれて立ち去った。
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 この話には、おまけがありまして、この後、姉の得た栄冠に刺激されたマダム・
ド・ラ=ドゥーズもまた、ささいなことから、夫と言い争いになり、夫に決闘を挑
みます。
 
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「待ちなさい、マダム」と、怒れるジュピターのごとき顔をしたラ=ドゥーズ氏は
言い、その場を立ち去ろうとした夫人の左手首をやや手荒につかんだ。と思ったと
きに、彼の頬っぺたを夫人のしたたかな平手打ちが見舞っていた。
「なんたることだ?」と、ド・ラ=ドゥーズ氏はいきりたって言った。
「あたしに無礼を働いたらただではすみませんことよ」と、マダム・ド・ラ=ドゥ
ーズが答えた。
「きみのような馬鹿な女がいるもんか」と、かちんときた哲学者は叫んだ。
「ムッシュー、あなたは二分間に二度まであたしを侮辱なさったわ。すぐこの場で
決闘していただきます。」夫人はさっさと部屋から出てゆくと、やがて剣を二本持
って戻ってきた。
「マダム、きみはまさか本気で、わたしに妻と決闘するなどというみっともない真
似をさせるつもりじゃないだろうな?」
「あなたは剣にかけてはとてもあたしにかなわないのをよくご存知なものだから、
それでそんな逃げ口上をおっしゃるのよ。ムッシュー、あなたのような卑怯な人は
いないわ。」
 それはあんまりだった。ラ=ドゥーズ氏は剣を握り、自分の妻に向かいあった。
夫人がガウンを脱ぎすて、討ち合いが始まった。いくばくもなく、ラ=ドゥーズ氏
には妻との決闘を拒むべき無数の理由があることが判明した。夫人はまるで鼠を手
玉にとる猫のように、夫をここの隅から向うの隅へとつぎつぎに追い立てていった。
そして、ラ=ドゥーズ氏に三ヶ所ほどかすり傷を負わせて、ようやく気がすんだの
である。彼女はもしそうしようと思えば、その場で夫の息の根をとめることだって
できたのだ。ふたりはしまいに笑いと接吻のうちに仲直りしたのである。
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 てなわけで・・。(笑)
 ま、最後の夫との戦いは、ちと不満ですね。残酷にいたぶった後、土下座か何か
させたいところですが・・。
 このあたり、マゾッホという作家は、やはり普通の作家であって、(世間で言わ
れているような)マゾヒズム作家ではない、ということを、ご理解下さい。
 
 マゾッホの作品は、この桃源社の「ザッヘル・マゾッホ選集」が、最も詳しい訳
になっています。第一巻が、「毛皮を着たビーナス(種村季弘訳)」、第二巻、
「残酷な女たち」、第三巻、「ガリチア物語(高本研一訳)」、第四巻、「密使
(種村季弘訳)」、の、他に、別巻として、「ザッヘル=マゾッホの世界(種村季
弘著)」が出ています。が、恐らくもう廃刊になっている、と思います(未確認)。
 ただ、「毛皮を着たビーナス」だけは、河出文庫で文庫本になっていますので、
これはまだ手に入るはずです。いやしくもマゾヒストを名乗る以上(誰も名乗っち
ゃいないか・・(汗))、読んでおきたい必読の書です。
 あと、晶文選集47で、「マゾッホとサド(ジル・ドゥルーズ)」があり、特に、
マゾッホと、マゾヒストの心理について、詳しく書かれています。
 
 「ある夢想家の手帖から6〜黒女皇(沼正三)」にも、「公妃の復讐」、「黒女
皇」の訳が載っていますが、抄訳です。
 その他、雑誌等で抄訳が紹介されているものは幾つかありますが、格闘Mモノの
ご紹介という本筋から、外れますので、この辺にしておきます。


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