MIX FIGHT今昔物語
Text by UU
その1「アブリザー姫VSシャールルカン(アラビアンナイトから)」

なるべく、手に入りやすいものから、ご紹介します。
 恐らく、男女の格闘モノとしては、最古のものであろうと思われます、アラビア
ンナイト(千夜一夜)バートン版第47夜。
 この話は、「オマール・ビン・アル・ヌウーマン王と王子シャールルカンおよび
サウ・アル・マーカンの話」、あるいは簡単に「オマール王と二人の王子の話」な
どというタイトルで紹介されています。
 
強くて美しい女、は、私たち格闘Mモノにとっては、まさに憧れです。その上に、
身分が高く聡明で、やさしいアブリザー姫。私など、何度彼女との逢瀬、対決、そ
してみじめな敗北を夢見て、発情したか、数知れません。まさに、麗しのマドンナ
の登場です。
 
 武勇の誉れ高きシャールルカン王子は、ある時、王の命令で軍隊を指揮し、ギリ
シャの国境を越えて敵国に踏み込んだ際、兵士たちを休ませて、自ら警戒のため馬
に乗り、一人で更に奥深く進んだ時、不覚にも眠りこけ、気づいた時には、森の中
まで入り込んでしまっていました。
 すると、どこからともなく女たちの楽しげな話声が、聞こえてくるではありませ
んか。王子は馬を降りて、ゆっくりと進み、小川のほとりにたどりつきました。そ
こには、きれいな十人の乙女たちがいて、更にその中に満月のように美しい女がい
ることを見つけたのでした。
 その美しい女は、十人の侍女たちと次々に相撲をとり、悉くそれを負かして、帯
で縛り上げてしまいました。
 王子は、「なんという幸運だ」と、神に感謝した後、馬にまたがり、剣をふりか
ざして「アラーは全能なり!」(回教徒の決め言葉です)と、叫びながら、飛び出
していきました。
 しかし女(アブリザー姫)は、毅然とした態度で侵入者に立ち向かい、彼に、こ
こで自分と相撲をとるように言ったのでした。もし彼が勝てば、自分を獲物にすれ
ば良い、しかし、自分が勝った際には、黙ってここを去るようにと、勇士であるシ
ャールルカンにすれば、信じられないようなことを口にしたのでした。
 (この女は、私が勇士の中の勇士なのを知らぬのだな)と思いながら、彼は、女
の申し出を承知します。
 姫が王子の側に寄ってきて、身構えました。しかし王子は、間近に見る姫の美し
さ、愛らしさにすっかりのぼせ上がってしまっていました。

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  やがて、女は王子に向かって申しました。
 「さぁ回教徒、かかっておいで。夜のあけないうちに、勝負をきめてしまおう」
  そして、新しい凝乳のように白い二の腕をあらわに見せると、その白さのため
 あたり一面が輝くばかりまぶしく、王子は目が眩みそうになりました。それでも
 身をかがめ、挑戦の作法にしたがって、掌をたたくと、女も同じくそれにならっ
 て、がっちりと取り組みました。互いの手と腕とをしっかり組み合わせて、しば
 らくもみつもまれつしておりましたが、そのうちに男の手が女のふくよかな腰の
 あたりへ回りました。その力の入った指先が、女の腰のやわらかい肌にくいこん
 だとたん、男はたちまち悩ましくなって、まるで嵐に見舞われたペルシャの葦よ
 うにふるえはじめました。女はそのわずかの隙に乗じ、男を差しあげて大地に投
 げつけ、その胸のうえに、まるで砂丘みたいなお尻をのせて足をふんばりました。
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 先ずは、鮮やかに姫の一勝です。やさしい姫に許されて、立ち上がった王子は、
「私が負けたのは、あなたがあまりに愛らしかったからなのです。もういちど勝負
をしてください」と、再戦を申し入れます。姫は笑って、それに応じます。(以下、
勝手ながら、「女」を「姫」に変えさせて頂きます)

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  こうして二人はまた、互いに近づいていって、胸と胸とを突きあわせましたが、
 王子は自分の腰が姫の腰に触れたと感じた瞬間、またも力を失ってしまいました。
 そして、それと気づいた姫のはやわざで、たちまち大地に仰向けに投げ倒されて
 しまいました。そこで姫が申しました。「さあ、お立ち、おまえの命を助けてあ
 げるのは、これで二度目だよ。(中略)こんどはおまえがまだ年が若くもあるし、
 他国の人間でもあるから、赦してあげるのだよ。(中略)オマール王の派遣した
 軍勢の中に、おまえより強い者がいるのなら、あたしのところへよこすがよい。
 相撲には、(中略)四十八手の裏表というものがあり、そのうえ、まだいろいろ
 騙し手もあるのだよ。(中略)」
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 屈辱の二連敗を喫した上に、勇士たる自分に相撲のイロハを語って聞かす姫の態
度にすっかり腹を立てた王子は、「三度目の正直という言葉にしたがって、最後の
勝敗を決めることをお許しください」と、三回目の挑戦をします。
 
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 「おまえはこんなに負けても、まだ相撲がとりたいというのだね。それほどとり
 たいのなら、遠慮なくかかってくるがいい。だが、これが最後の勝負だというこ
 とをお忘れでないよ」といいながら、身体を前かがみにして、男に挑みかかって
 来ました。王子も今度は必死、投げ飛ばされぬよう油断なくかまえてとりくみま
 した。
  三度目の不覚−−さて、こうしてしばらくもみあっているうちに、それまでの
 勝負にはなかったような力が男にあることを、姫は知って、「おお、回教徒(モ
 スレム)よ、こんどはだいぶ力がはいっているようだね」というと、王子はそれ
 に答えて、「そうですとも、わたしにとってはこれが最後の勝負なんですからね
 (中略)」これを聞いて、姫が笑ったので、王子も笑いかえしましたが、このほ
 んのわずかな心のゆるみから、王子は姫に片腿をつかみあげられて、たちまちそ
 の場にひっくりかえされてしまいました。姫は嘲りの笑いを浮かべて突っ立った
 まま、「あなたは麩(ふすま)でも食べておいでなの?(中略)このかわいそう
 な意気地なし!さあ、早く回教徒の軍勢のいるところへ帰って、おまえみたいな
 弱虫でない者をここへおよこしよ(中略)」といいながら、身を躍らせて流れの
 向こう岸に飛び移ると、皮肉な笑いを浮かべて、また申しました。
  「おお、わが君さま!(中略)はやく仲間たちのところへ帰るのが身のためで
 しょう。女にさえ負けるほどの力なしでは、騎士たちにはとてもかないっこない
 ですからね」(一部改変)
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 なんと王子は、美しい姫に立て続けに三連敗を喫してしまいます。その上、罵ら
れ、からかわれるわけです。なんともはや、うらやまし・・。と、言うべきか・・。
 その後、王子は姫の加護で、彼女の住んでいる僧院に案内されます。王子は着飾
った姫のあまりにも美しい姿に感動して、朗々と詩を口ずさみ、聡明な姫に自分の
正体を見破られてしまいます。しかし、姫は、自らの敵の長である王子を心よりも
てなします。
 中で、将棋をさす場面があります。王子は、姫の美しい口もとばかり見つめてい
て、出鱈目な手ばかり打って、負けてしまいます。
 
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  姫は笑いながら、「ちっとも将棋をご存じないのですね」といいますと、「こ
 れは初めのあいだだけです。この勝負だけではわかりませんよ」と王子は答えま
 した。こうして一回目は王子の負けでした。そこで、駒をならべなおしてまたは
 じめたのですが、ニ度目も姫が勝ちました。さらに、三度、四度、五度と、勝負
 をかさねても、ことごとく王子の負けでした。そこで姫は申しました。
  「あなたは何をしても負け犬ってところねぇ」(別の訳と差し替えー後述)
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 この最後のセリフは、現在引用中の大宅壮一の訳では、「何度してもあなたの負
けですよ」と、なっていますが、相撲で三度続けて負け、将棋で五度続けて負け、
ですらかねぇ、これくらいは、罵りの言葉があっても良いと思います。
 私は、このあたり、何度自分なりに脚色し、設定を変えて書き直し、美しいアブ
リザー姫に軽くひねられ、嘲けられる王子に、自分を重ねて、お世話になったこと
か・・。数知れません。(笑)
 
 ともかく、あくまでも優雅で美しく、そして強いアブリザー姫。格闘Mモノなら、
見逃せないキャラである、と、断言しておきます。
 あ、残念ながらこの後のアブリザー姫の生涯は、悲劇に包まれていますので、あ
えて省略します・・。
 
 読んでみたい人へ>>
 バートン版のアラビアンナイトを手に入れるのは、容易くはないかも知れません。
(バートン版でないのは、簡単に手に入りますが、なんと格闘部分が省略されてい
ます)平成2年には、この物語だけを訳した本(ヌウマン王とふたりの王子の世に
も珍しい身の上話〜山主敏子)が「ぎょうせい」から出ましたが、まだあるかどう
か・・。(更に日本語訳も最低・・)
 私が引用したのは、大宅壮一の訳ですが、これが、一番美しい日本語訳になって
います。しかし、集英社版で、既に廃刊です。古本屋でもあまり見かけません。同
じく廃刊ですが、比較的容易に手に入るのは、大場正史の訳です。河出書房や角川
文庫(今はないかも・・)で出ています。河出書房のは大抵の古本屋に置いてあり
ます。ただ個人的な意見としては、大宅訳の方がスムーズに読めます。私も河出書
房のは全8巻もっていますが、大宅壮一訳本は、「1、2、3、4、5、6、11
巻」しか持っていません(全13巻)。特に、アラビアンナイトにおける、もう一
人の格闘Mのヒロイン、ミリアム姫の物語(アリ・ヌル・アル・ディンと帯作りの
ミリアム姫)を大宅訳で読んでみたいと思っているのですが、どなたか、所在をご
存じでしたら、ご教示ください。
 あと平凡社の東洋文庫から、アラビア語から訳した「アラビアンナイト〜前嶋信
次ほか」が、出ています(該当するのは、3巻と4巻)。これならまだ本屋に注文
すればあると思いますし、大きな図書館にも、あるところが多いです。
 ただ、訳はちと拙いです・・。
 
 アラビアンナイトには、この、強く美しく勇ましいミリアム姫と、頼りない恋人
のヌル・アル・ディンの話(やはりM派としては、必見の物語です)、の他、求婚
者たちに決闘を挑み、片っ端から打ち破って恥をかかせた上、額に焼け火箸で「こ
れはアル・ダートマーの自由奴隷なり」と焼き付けた、王女アル・ダートマーの話
(第597夜)、などがあります。ただ単にMに限っても、恋人を殺された腹いせ
に、魔法で夫の腰から下を石に変えた上(沼正三は、これを、下半身不随にしたの
では、と推理していますが、向こうでは、足だけを固定して、自由な上半身を鞭打
つ刑が元々あるようです)、毎日100回ずつ鞭で打ち、責めさいなむ美しい王妃
の話(第8夜)や、男が秘所を言い間違える度に、三人で代わる代わるびんたをく
らわす乙女たちの話(第9夜)などなど・・。枚挙に暇がありません。
 
しかし、私が最も愛するのは、やはりアブリザー姫の物語ですね。もし王子が、
誰にも気づかれることなく、僧院を去り、軍勢を引き上げていたとしたら、どうな
っていたでしょうか。私の空想は果てしなく広がります。
 それから何年にも渡り、暇を見ては、恋しい彼女のもとを訪れ、その度に、さま
ざまな種目で争い、汚名を晴らそうとする王子。でも、相変わらず何をやっても、
どうしても勝てない・・。余裕を持った姫は、時にはかなり手厳しく王子をとっち
め、腫れ上がった顔のまま、傷心で馬上の人になる王子。アブリザー姫の勝ち誇っ
た微笑み、侍女たちの嘲けり笑う声・・。
なんてストーリーの物語を、もう何話に渡って書いたことやら・・。
 ・・でも、そそられるでしょう?(笑)
 
 その1は、「アラビアンナイト」からのご紹介でした。(文中敬称略)

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