修英学院大学付属小学校６年１組・・・。
新しい学校の名札をつけながら、僕は不安でいっぱいの朝を迎えていた。

　あっという間だった。
戦後長い間、「平等」「民主主義」のお題目の元、均一的な教育が建前の上にせよ行
われてきた中で、国の突然の方針転換。「できる子はさらに進んだ教育を」「できな
い子は 社会から落ちこぼれさせないように、何度も同じ事を教える」・・・。
一見すばらしい事のようであり、誰もが賛成するだろう。しかし、僕のような目に会
う生徒が少なからずや出てくるに及んで、早くも各階層からは疑問の声が上がり始め
ているそうだ。
しかし、遅すぎる。もう始まってしまったのだ。屈辱的な僕の新しい人生が・・・。
　修英学院大学は、明治以来政財界、医学界、その他各界に数多くの人材を送り続け
てきた、日本を代表する私立大学だ。それは今回の学制改革によっても、微動だにす
ることのない、確固たるものである。いや、ますます、そのエリート校としての存在
に磨きをかける事になる数々の事実がある。
　代表的なのが、付属小学校の新設だ。僕はここの６年１組生徒になる、ということ
は先ほど述べたが、この「付属」というのが、かつてのように、エスカレーター式に
上位校に進学できる、とか少なくとも何らかの便宜がはかられるとか、いや最低限、
かなり進学を意識した授業が行われると言ったような、「進学校」としての存在を義
務づけられたものではないことを、はたして世間のどれだけの人が理解しているのだ
ろうか。
　エリート校としての、修英学院大学の学生たちの、「おもちゃ」「モルモット」と
しての、振る舞いを強要される屈辱的な小学校。そう、まさに「付属」品なのである。
　 
　６歳から２２歳の男女は全員同じ「全国統一試験」を受験。その成績によって、全
国の大学、高校、中学、小学校に自動的に、情け容赦なく振り分けられるのである。
　そう、「年齢性別は一切お構いなしに」である！

　すでに高校を卒業した、１９歳の僕が、「小学６年生」なのである！

　「お兄ちゃんはいいよ。別に違和感ないもの」
登校初日、「修英学院大学付属小学校」の制服に袖を通す僕に、妹の麻理子が後ろか
らからかうような言葉を投げつけた。 
　身長１６０センチに届かない僕の、小学校の制服の似合い具合を妹はからかい続けた。
「どう？久しぶりに半ズボン、ハイソックスで外へ出る感想は？」 
麻理子は、僕の真後ろに立った。
「さ、ランドセルも背負いましょうねえ」 
使用を義務づけられた、ランドセル状の通学カバンを僕の背中に押し当てる妹。 
逆上した僕は、振り返りながら、妹の手を払いのけた。
「あーあ」
　床の上に転がるカバンを見つめながら妹はうなった。その後、
「いいのかあ。こんなことして」
　腕を組み、真面目な顔・・・というよりは僕を威圧するような目つき、かすかに笑み
を浮かべた口元でつぶやいた。そして、突然、僕の前髪をわしづかみにしてこう言った。
「今日のところは許してあげるけど、今度こんな態度とったら、ただじゃすまないよ」

　１５歳にして、修英学院大学法学部政治学科に入学する妹に、兄である僕が一切反抗す
ることのできない暮らしがスタートしたのである。

　何から何まで規則づくめの付属小学校と違い、修英大学に通う生徒は何もかも自由、
おまけに数多くの特別待遇を享受する。１８歳未満でも運転免許を取得できる事、中央
省庁の局長クラスの月給程度の手当てが毎月得られる事・・・。

　数キロの道のりを、徒歩で通学しなければならない僕は、授業の始まる１時間半前に
家を出た。
　「寒い！」
春とはいえ、４月のこの時期はまだ寒い。半ズボン姿での通学は考えただけでも
憂鬱だった。 
　「お兄ちゃん、ちょっとちょっと」
駐車場で妹の麻理子が手招きしている。 
　「車洗うの手伝ってよ」 
僕は唖然とした。しかし、さっきの事で懲りた僕は必死で言葉を選んだ。 
　「い、いや僕は１時間目から授業があるから、今から家を出ないと・・・」 
　「遅れそうになったら、送ってあげるよ、車で」 
１７６センチの長身、ジーンズ姿の麻理子は手に火のついたタバコまで持っていた。 
もちろん、大学関係者に見つかってもこれと行ったお咎めはないのだ。 
　結局、約一時間手伝わされ、というか、ほとんど僕ひとりで洗車させられたのだ。 
しかし、終わったにもかかわらず、一向に麻理子は出発する気配がない。
　「あのー、そろそろ行かないと・・・」
携帯電話で男友達としゃべっていた妹は、
　「あーごめん。うちの小学生がうるさいからいったん切るね」
といって、電話を切り、僕の頭を小突いた。
　「１０分で着くだろ。うるさいんだよ、小学生」
　もと子役でテレビドラマにも何回か出ていた妹は、１５歳の今も確かに美人と言って
いいだろう。おまけに成績優秀、スポーツ万能・・・。それにこの身長差！
できる事ならいっしょに並んでいるところを見られたくない。恥ずかしい・・・。
　でも、時間がない。成り行き上、初登校を妹の車で行うことになってしまった。 
ところが、三分の一も行かないところで、またベルが鳴った。今度は同じ大学の女友達。
　「でさー、あいつださいんだよ。たまんねえよなあ。うそー、ばっかみたい！」
車を止め、共通の知り合いの悪口で盛り上がる・・・。 
　「あのー、時間が・・・」 
　「あ、由美、ちょっと待ってね」 
電話を保留にした妹は、運転席から降りると、助手席側のドアを開け、僕を車外へ引きず
り出した。 
　「ぎゃーぎゃーわめくんなら、歩いていけよ！歩いて！」 
　「そんな・・間に合わない・・・」 
　「ばーか、知るかよ。そんなもん」 
おろおろする僕を妹は面白そうに見ていたが、そのうち、 
　「土下座して謝ったらゆるしたげるよ」
　「ええっ！！」
　「道路にひざまずいて、手をついて、”麻理子お姉様お許しください”っていうの」
　「できないよ、そんなこと・・・」
　「じゃ、とぼとぼ歩いて遅刻したら」
　「・・・・・」
　「どうすんの？」
結局、僕はそれを実行した。情けなくて涙が出そうだった。
なんで、こんな目に・・・。
遅刻は免れたものの、僕の新しい学校生活は最悪のスタートを切ったのである。
ほんの手始めに過ぎない出来事だとあとになって知るわけだが・・・。

第一話　完

---

[←prev] [↑index] [⇒next] 　　[今週の新着]



Home | index | guest | Links | bbs | info.