『混乱が、おれたちの時代の墓碑銘になることだろう。』 キング・クリムゾン 「墓碑銘」
より
1・メグ
気象庁の長期予報では、暖冬と言っていたはずだ。でも、今年の正月はめちゃくちゃ寒
かったじゃないか。瑛子は、新年そうそう、ほっぺたがおもちになっていた。ぷっくりと
ふくらんでした。
お兄ちゃんは、2月にEUの大学で発表する予定の論文の準備で忙しい。中国の北京大
学から、今年の正月は帰国できないことになってしまった。
つまらないなあ。
日本海側は、荒れている。大陸から大寒気団が下りてきているからだ。瑛子の心のなか
のようだ。大雪だ。天女温泉へいく道路が、雪崩を起こしたそうた。怪我人がでなかった
のは、不幸中の幸いだ。安心していた。
ぼくは寝正月だった。ぼんやりと、男子の箱根駅伝の力走を鑑賞。
ぼくも走りたくなった。
瑛子が贔屓の眉目秀麗な選手が、区間賞をとった。彼は恥ずかしがり屋で、レイバンの
黒眼鏡をかけて走るという。ぼくのあったかい胸に、ぎゅっと抱き締めてやりたくなった。
かわゆいではないですか!うれしくなる。
笑えないお笑い番組よりも、よほど夢中になれる。しかし、お笑いのタレントには、美
形が少なくなったぞ。瑛子は面食いなのだ。
恒例の元朝参りも、今年はさぼってしまった。数日間、寒気がものすごかった。夏娘の
ぼくは、寒いのは嫌いなのだ。
ようやくママと日曜日になって出掛けた。電車の中から、芋荒い状態だった。ぼくは、
女の人の化粧の匂いが嫌いだった。その上に、お酒とおせち料理が、お腹の中で消化不良
になって、ごちゃごちゃと消化されている途中の酸っぱいような臭いが、暖房でむっとす
る空気に重く漂っていた。
途中で降参して降車した。吐きそうになってしまったから。
それでも、なんとか神社まで辿り着いた。参道のお店で食べられる、きな粉と黒蜜をか
けた、三角形のお餅が大好物なのよ。三人前をおかわりした。
うらやましかったのは、晴れ着の大人の女性の流行の、カンガルー・スタイルだった。
男性の身長の三倍のお姉さんがたは、着物の深い懐に彼氏を入れて初詣に来ていた。男性
も暖かいことだろう。顔だけを外に出していた。中学生の女の子には、あの真似は出来な
い。でも、また別の遊び方があるけどね。女は、楽しみを見付ける天才なのよ。
ぼくも、もっと大きくなって、お兄ちゃんにやってあげたい。瑛子は、あんなに第三次
性徴が嫌で恐がっていたのに、いざ始まったら、今度は大きくなりたいと思う。不思議な
ものだ。
で、おみくじを引いたの。末吉だった。
「待人来たらず」。
当たっているじゃないの。
紙を折って、榊の枝に結んできた。はやくお兄ちゃんに会えますように。
今日は、暖房のガンガンにかかった、自分の部屋にいる。冬休みも明日で終わり。
東京湾に面した高層マンションの一室。ビル街の間に、青い海が光っている。
ぼくの部屋には、下級生のメグが合宿に来ている。後で、マリも参加する予定だった。
今朝から、新年早々の、短距離走の大会のための自主練習のためだ。
臨海公園で、海からの風を全身に浴びながら、二人でランニングしてきたのです。一歩
ごとに、冷たい空気に素足が突きささっていく。
中学校指定の体操服と、ワインレッドのブルマーという服装。びっしょりと汗をかいた。
爽快な気分。
寒気なんて、吹き飛ばしてしまった。
部屋に帰ってきて、順番にシャワーを浴びた。
冷たいおしぼりで、顔を吹いた。これは、大正解だ。
あらかじめタオルを濡らして、冷凍庫で冷やしておいたのでした。その時に、お水にレ
モンの汁を数滴たらすのがコツですわね。簡単に作れるから、ためしてみてね。メグのア
イデアだった。
彼女もお化粧はしていない。それなのに、人目を引く。端正な顔の美少女。小さな赤と
白の細かい格子模様のチェックの、小さな下着。大胆なかっこうでした。
このごろ流行のへそピアス。メグちゃんのおへそが、こんにちわしている。一月という
のに、元気なことだ。それにリングがついている。
男の子のかっこうをした、小さな人形がぶらさがっている。重くはないのだろうか?皮
膚がひっぱられているようには見えないけど。メグが動くたびに、下腹部の皮膚にぶつか
る。ぽいん。跳ね返っている。可愛い。
ぼくは、ピンクのタンクトップ。胸の形がはっきりとでている。白い字で、「i lov
e nothing」と書いてあるもの。短パンはジーンズのカットソー。チャックは止
めてある。けど、一番上の金ボタンは、はずしてあるの。青い紐でとめだだけでワイルド
に。肌のあらわな、ラフな軽装に着替えていた。
窓の外には、一月で初めての月曜日の午後の日差し。ベランダのコンクリートを、白く
光らせていた。年越し前に、きれいに掃除したもの。
観葉植物の鉢が、外に出されたままになって忘れられている。中の植物は、とうに枯れ
ていた。瑛子をふくめて家族の誰も、その存在さえ忘れていたものだ。黒い影を、小さく
さびしそうに落としていた。
今、家の中にいるのは、ぼくたちだけ。
瑛子の家族は、パパとママが一緒に夫婦水いらずの旅行。正月ぐらいは、ゆっくりしな
くちゃね。ママは隕石ガイアの大津波で壊滅した、湾岸地帯の再開発の都市計画に取り組
んでいる。多忙なのだ。
地球温暖化で、海面が上昇している。
後門の虎、前門の狼。
ママはそう言っていた。どうして前世紀の日本人たちは、地球温暖化によって南極と北
極の氷が溶けて海面が上昇すると予想できたのに、わざわざ湾岸の土地の開発に着手した
のだろうか?謎だ。むしろ、防波堤を作るべきだったように瑛子には思える。東京湾の入
り口を、塞いでしまうという乱暴な計画もあったようだ……。
男の人の作った旧世界は、日本も含めて地球の自然を下品にレイプした。許せないと思
う。
もっともオゾン層に穴が開いたことで、女性の第三次性徴のための環境ホルモンが、地
球の大気中に増加した。現代の科学者たちの共通した意見だ。あたしたちは、環境汚染の
申し子なのだ。複雑な気分。でも、地球には、優しくして上げたい。
ともあれ、家族は明日までは留守。自由な時間。今夜は、女の子三人だけで泊り込みの
予定。おおいに楽しもうという計画。
メグは紺色のadolfのスポーツ・バッグに、着替えをきちきちの満杯に詰め込んで
きていた。チャックが壊れるぞ。まったく。何ヵ月もの旅行じゃないんだ。何を、持って
きたんだかなあ〜。天女中学校の校章が、印刷されている。バッグは忠実な青い犬のよう
に、床の上に鎮座ましましていた。
メグは、ぼくのベッドに座っている。
長く美しい脚。放恣にフローリングの木の床に伸ばしていた。さっきから可愛らしい素
足の指先を落ち着かなげに、もぞもぞと動かしている。トレイに行きたいのならば、自由
にどうぞ。こればかりは、交替できない。
桜色の足の爪が光っていた。激しい運動の後で、筋肉をリラックスさせる方法だという。
冷たい飲み物を飲んでいた。
瑛子はアップル・ティー。
メグはブラックのアイスコーヒー。
冷蔵庫には、ビールが冷えていた。が、さすがに、まだそんな時間ではありませんね。
夏は水泳部。冬は陸上競技部所属。
肺活量がある。胸筋を鍛えているのだ。胸が垂れないためもある。彼女もすごいんです。
瑛子は胸が自分の身体で、一番に好きな部分。お兄ちゃんが、好きだと言ってくれるから。
戸外で、激しい運動をしている。スポーツブラを付けていても、体操服の下でぶるんぶ
るん揺れてしまう。走っていると、沿道の男たちの視線をすべて集めてしまう。少しだけ
得意だ。誇らしい気分になる。女の子に生まれて良かった。
最近の女子中学生ならば、巨乳なんて珍しくありません。でも、美乳は少ないのだ。大
きければ、いってもんでもないだろう。
メグの襟元から覗ける胸も、健康的な小麦色に日焼けしていた。
若くて張りのある、染みひとつないむちむちとした肌だ。幸い練習でも、目立つような
怪我もしていない。小さな怪我ならば、第三次性徴の逞しい細胞の成長力で、すぐに治癒
してしまいますもの。
瑛子は、ポール・サイモンの「GRACE LAND」を、聞こえないほどの小さな音
量で、かけていた。二十世紀末の南アフリカの人が叩き出す健康な明るいリズムが、気に
入っている。
これも兄のお気にいりだった。甘いボーイッシュな歌声が、男性の可愛らしさを表現し
ているような気がする。
お兄ちゃんが送ってくれた、中国の胡弓の音色も悲しくていい。が、中国の話をすると、
すぐにブラザーコンプレックスだと、メグがうるさいのだ。
お兄ちゃん関係の写真やものは、机の鍵のかかる引き出しに、大切にしまってある。南
の島で、女になった年に撮影したものもある。あの頃は、お兄ちゃんとほとんど同じぐら
いの体格だった。良い時代だった。みんな、ぼくの宝物だ。
体毛の処理は、彼女もきちんとしている。女の子のみだしなみ。瑛子の脚は、太腿はむ
っちりと太い。お尻が大きいから仕方がありません。
が、足首にいくほどに、きゅっと引き締まって細くなってくれる。お兄ちゃんいうとこ
ろの「官能的」な脚線美だ。
二十世紀で言えば、外国の映画女優のような美脚を、日本の少女たちの中でも、第三次
性徴で恵まれた体格に成長した者は、いつのまにか持つようになっていたのだ。兄もそう
申しておりました。
メグが、足はぼくよりも細い。膝の関節には目立たないぐらいに、筋肉がついている。
カモシカのような、しなやかな脚だ。短距離の千メートルでは、もしかすると、ぼくより
も早いかもしれない。
ぼくが冷たい飲み物を、ベッドサイドのテーブルの上に戻した瞬間だった。
メグが瑛子を、ベッドにぐいっと押し倒していた。タイミングを、みはからっていたよ
うな、見事な早業だった。さっきから、もじもじしていたのは、この機会を待っていたの
だろう。トイレにいきたいのかと思っていた。
「ちょっと、あなた、何をしているのよ?」
ぼくは、くすぐったくて笑ってしまった。
「先輩を、一回だけ、こうしてみたかったんです」
メグが、いたずらっぽく言いました。興奮した表情でした。
自然な状態でも、目元が吊り上がっている。きつい表情をしていた。狐顔の少女。ちょ
っと緊張しているようだ。それでも、細い目をさらに細くしていた。笑っているのが、瑛
子にもわかった。
「瑛子先輩、こんなに美少女で可愛いいのに……、男子生徒なんて、視野にもいれないん
ですもんね!」
甘えたような声で言いました。
「先輩、罪作りですよ!」
ぼくは十四歳の中学二年生。メグは十三歳。一学年の下。
学校でもクラブでも、ぼくたちは先輩後輩の関係だ。でも、プライベートでは、出来る
かぎり対等な友人として、付き合うつもりでいた。しかし、これはタメ口だった。
「後輩で、先輩をアイドルのように慕っている生徒は、男子にも女子にも、星の数ほどい
るんですよ」
ため息をついていた。
「仕方がないですよね……。瑛子先輩には、大海健一という素敵なお兄さまがいらしゃい
ますもんね……。天女中学校始まって以来の秀才。第三次性徴の環境ホルモンの変化は、
地球に内在する自然発生的なものではない。ガイア隕石に付着していた物質が、触媒にな
った。この新説で、世界から注目されていますよね。まさに将来を期待される天才科学者!」
メグの憧れたような瞳。バカに兄の研究について詳しい。ちょっとだけしゃくに触る。
ぼくは、他の女性が兄について話をするときには、神経過敏なぐらいに警戒心が強くなっ
てしまう。
「その上、眉目秀麗!いいですねえ。メグも、そんなお兄ちゃん欲しいなあ」
また。ため息をついた。
「うちのアニキは、すけべなだけ。ただのバカです!」
ぼくのタンクトップの胸元に、顔を寄せていた。
瑛子のふくよかな巨乳は、たかが一年生の追撃を寄せ付けないでいる。
一年生の文化祭の時に、ミス天女中学校に選ばれた。小学校六年生の時には、健康優良
児として表彰もされた。身体には自信がある。
瑛子のタンクトップの乳房の谷間に、顔を埋めていた。身体の匂いをかごうとするよう
に、甘えていた。
「ちょっとメグ、そこで何してるのよ?」
「深呼吸です」
本当に深呼吸していた。
すうはあ。
すうはあ。
「先輩、すごくいい匂い……」
香水を付けているのではない。ただの体臭だった。自分がかすかに汗ばんでいるのがわ
かった。
下級生の激しい呼吸が、薄い生地を透かして、直接に瑛子の腹部をくすぐっていた。ブ
ラは身につけていなかった。
「キャハハハハ!」
ぼくは、左右に大きな方の口を、さらに大開きにして、のどちんこまで見えるような、
大笑いをしていた。目も口も、顔の中の造作が大きい。
メグも、目はそれなりに大きい。でも、顔の形が長円形なのだ。体付きもほっそりした
印象がある。
いわゆる着痩せする体型だった。
でも、脱ぐとすごい。ぬめりと光るような胸が、ブラからこぼれそうになっていた。は
ちきれそうだ。紐が胸肉の重量を支えて、ぴんとはっていた。逞しく自己を主張していた。
部室のシャワーで、横にならんでお湯を浴びる。胸や腰の厚みは、瑛子にも、ひけをと
らないのがわかる。
たしかに、引き締まった砂時計のようなウエストから、ヒップに弾けていくヴォリュー
ムには、瑛子の方が一日の長があるかもしれない。
「先輩、練習後のシャワーの後で、人魚のように全裸でベンチに横になって、下級生にマ
ッサージをさせる習慣ですよね」
「うん、そうだけど……、なんで?」
「下級生の女子は、先輩のグラマーなボディにちらりと目をやるだけで、恥ずかしそうに
俯いてしまうんですよ。知ってました?」
「知らないなあ……、そんなことないよ。メグだって、すごいじゃん」
「自分の貧弱な体型と比較して、最初は目も開いていられないぐらい、恥ずかしかったん
ですよ。圧倒されていました」
パンティからすらりと伸びた白い滑らかな脚が、ぼくのそれに絡み合っていた。四匹の
白い蛇が、もつれあって交尾しているような、婬靡な動き。さやさや。しゅるしゅる。さ
らさら。
ゆっくりと動いていた。
メグの内腿の、絹のように滑らかな皮膚が、ぼくの太陽に焼かれた、小麦色の太腿の外
側の皮膚の上を、何度もゆっくりと滑っていた。
おたがいに、マシュマロのように柔らかい快感を覚えていた。
優しい愛撫だ。
普通の男子の、小さいくせに不器用で、武骨な手と指では、とても味わえない、繊細で
優雅な感触だ。
メグは、男性経験は豊富にある子のようだった。
部活の練習のないoffの日には、ノイエ・シブヤで遊んでいるという評判だった。兄
貴一筋のぼくよりも、数はこなしているかもしれない。
その中で、気持ちの良い動きを学んで来たようだ。
メグの上気したような顔が、ぼくの目の前にあった。瞳が、きらきらと異様に光ってい
る。瑛子の顔が、小さく映っている。まつげは、涙に濡れたように何本かづつになって合
わさっていた。ぼくから向かって右の、濃い眉毛の上にほくろがある。かるくルージュを
ひいた唇。ぼくのそれから数センチの距離にある。
泣きそうな表情をしていた。口の中の息の香がした。やばそうな雰囲気だった。
「先輩、スキ!」
唇を押し当てて来た。最初は、そっと。小鳥が啄ばむような遠慮したもの。顔全体を動
かしながら、瑛子のふっくらとした唇を数回、軽く挟む。
ちゅ。ちゅ。ちゅ。
可愛い音がしていた。口紅の香がした。
瑛子が拒まなかったので、メグは自信を得たようだった。より大胆になっていった。
ぶっちゅう。
唇を激しく押し当てられていた。瑛子は目を瞑っていた。
「ああ、もう、どうにでも、してくれよ」
そんな気分。下級生の女子から、交際を迫られたことは何度もあった。もちろんことわ
って来た。瑛子の恋人は世界でひとりだけなのだ。
でも、メグの遊びが、どこまでエスカレートしていくのか。興味があった。
レスビアンという言葉が、脳裏を過ぎる。メグの華麗な男性遍歴は、様々な方向から耳
にしていた。
本気のレズはでない。逆に、安心できた。
背筋が、ぞくぞくしていた。メグの身体の熱さと重さを感じていた。お兄ちゃんが来な
い分の、正月の退屈を紛らすのには、都合が良い。自由にやらしてみる気分になっていた。
瑛子の巨乳を、メグは学校でも囃し立てる。が、さっきも言ったように彼女の胸も、本
物だけが持つ重い量感を湛えていた。
瑛子のタンクトップのそれの上に、チャックのブラの巨乳がずしりと乗っていた。少女
の命の重みだった。粛然となる。
互いの乳房の、若い弾力を弾くように感じていた。
メグの細くて長い指の手が、瑛子の左の乳房の上に、遠慮がちに置かれていた。大きさ
に驚いたように、一瞬だけ手が止まった。
いまさら、びっくりするような関係でもないでしょう。下級生のメグは、新入生の時か
ら瑛子の全身を、シャワーの下で洗い流す役目を担っていた。
午後の部室の明るい光の下で、全身を観察していたはずだ。
「いいのよ」
深いため息をついた。許してあげた。次の行動を誘い出すための、呼び水だ。彼女の手
の行為が、単調になっていたから。
ピンクのタンクトップの薄い生地の上から、かすかに揉み解すようにしていた。メグの
手が、広がったり窄んだりを繰り返してしている。海星のような動き。夏の島での、お兄
ちゃんの情熱的な愛撫を思い出してしまっていた。
今度は自然に、上下の唇がゆるんでいた。女の乳房に心はない。詰まっているのは、欲
望という乳だけだ。
口腔の赤い間が、かすかに開いた。白い歯が、覗いていることでしょう。歯並びには自
信があた。口臭もないはずだ。
ぼくのしっとりとした口腔の内部に、メグは薄いピンクの下を、しゅるんと蛇のように
潜り込ませてきた。
内部を探険していた。
メグが飲んでいたアイス・コーヒーの味がした。
暖かい地下水の溢れる巣の中に隠れていた、もう一匹の蛇が、身体をくねらせていた。
わざと唾を溜めるようにした。メグに飲ませてやる。ごくり。彼女の喉が鳴っている。快
感。
いらずらで敏捷な舌だ。戯れていた。ぼくたちは、永い時間を狭い空間で遊んでいた。
ぼくの顔全体を、舌でぺろぺろと舐め上げていたメグが、さらに大胆な行動に出た。
カットソーの前のチャックが、下ろされているのが分かった。
メグは、舌なめずりをしていた。指が細い肌色の蛇のように、しゅるんと中に滑り込ん
だ。
「ちょ、ちょっと……」
待ちなさいと、抗議しようとした。下級生の女子に対してでも、そこまでの奉仕をさせ
たことは、さすがにありません。パンティも履いていないのだ。
飢えた先輩達には、いやらしい奴もいた。でも、彼女は、みんなのリンチにあって部を
追放された。ああは、なりたくない。
そんなことをしたら、ぼくにどんな効果を与えるのか。メグにはよく分かっていないの
ではないだろうか?
兄のことを思って、一人遊びは、よくしている。でも、兄ならばともかくとして、下級
生の女子の前で、我を忘れて乱れるのは嫌だった。
人間の尊厳という一線だけは、厳しく守ってきた。
起き上がろうとした。が、ぼくの上半身は、メグに押さえ込まれていた。
「動いちゃだめです。今だけは、先輩は、あたしのものなんですから!」
ぼくは、メグの唇で、ベッドの枕の上に顔を磔にされたのだった。
どうしたのだろうか?
ぼくはメグよりも、大きい。
横幅も体重もある。力も強かった。
彼女を身体の上から撥ね除けるぐらい、造作もないことのはずだった。
でも、今日は、妙に身体に力が入らなかった。
胸元に乗せられているメグの細い手が、重く感じられていた。けっこう、自分で予想し
ていた以上に、下級生の愛撫に感じていたのだ。
「まっ。いっか。ぼくも、いくところまで、いってみようかな」
心の中で、明るい性格のメグの口調を真似ていた。
兄にも罪の許しを求めていた。写真をしまってある、机の引き出しの方をちらりと見て
いた。
「いや!!先輩、今は、あたしのことだけを考えて!」
メグが懇願していた。女の直感で、ぼくの心の動揺を感じ取ったのだった。
お兄ちゃん、ごめんね。来てくれないのが悪いんだよ。ぼくは、さみしいんだからね。
自分からお尻を上げていた。
ジーンズのカットソーを、脱がせようと苦労している中学一年生に協力したのだった。
ぼくは、自分の大きなお尻が、劣等感だった。メグは、きゅっと上にあがった、素敵な
ヒップラインをしている……。
自分でも下半身が、鈍重な感じがした。
重いと思われるのは嫌だった。
しかし、いつのまに、こんな高等な指のテクニックを、身につけたのだろうか。でも、
不満はあるのだ。
ぼくのあそこは、もう濡れていた。襞が指という細い蛇の侵入に、不満そうに、ぐちゅ
ぐちゅとしゃべっていた。
もっと、激しくして。まだ、弱いのよ。一本じゃ足りないの。わかってちょうだい。三
本一度に欲しいわ。
それに呼応して、陰毛がじゃりじゃりと鳴った。賛成の演説だった。瑛子は体毛は濃い
方だ。処理がたいへんなのだ。
メグは、さぞかし悪い遊びをしているのに違いなかった。
やがて、ぼくの下半身は、あまりの快感にしびれたようになっていた。急所を的確に攻
撃していた。
呼吸している室内の空気が、とろりとした重い酒のように感じられていた。
メグが、指の動きを止めてくれないから。
一回、軽くだが、達していた。余韻だけが、しびれたように、ジーンとあそこに残って
いた。
メグの献身的なあそこへの奉仕作業は、夢を見ているような素晴らしさだった。
ぼくでも、女性との間で本当にいったのは、初めての体験だった。
ことが済んだら、たっぷりとメグにも復讐してやるつもり。瑛子お姉さまの力を、思い
知らせてやるつもり。
メグの携帯の電話が、鳴った。
最初は、彼女も無視しようと思ったようだ。
しかし、電話の呼び出しは、執念深く続いていた。止んだと思うと、またかかってくる。
とうとう。
メグも降参していた。
白い手を、ベッドの上に長く伸ばしていた。きれいに無駄毛の処理をした脇の下が、顕
わになっていた。ぷんと青い麦のような汗の香がした。
荒々しい音を立てていた。二つ折りの携帯電話器をバチンと開いた。
「ああ、マリ……、うん、あたし。メグだよ。新しい人形を、三体、計画通りに捕まえた
って?やったね!……」
メグは、うんうんと頷いていた。あらかじめ、計画していたことのようだった。
「それじゃ、待ってるから」
メグは、携帯を切っていた。微妙な間があった。
「あなたたち、男の子を呼んだの?」
マリが、遅れてくることは知っていた。しかし、男子のことは初耳だ。冷たい声で問い
詰めていた。
心の中では、びっくりしていた。
「男子は、パーティをだいなしにしちゃうわよ!」
今夜は女の子三人だけで、しっとりと濡れながら過ごしたかった。
ベッドから、起き上がっていた。
無言でジーンズを、身につけた。
ベッドの足を、蹴飛ばしていた。ときどき、感情が爆発する。自分を押さえ切れなくな
る。キレるというのは、こういうことなのだろうか。
「何で、そんなことするのよ!奴ら、せっかくのパーティを、めちゃくちゃにしちゃうか
らね!」
「そんなに、起こらないでください」
メグが、勇気を振り絞るような悲痛な表情で、ぼくの説得にかかっていた。
「みんな、先輩のために、したことなんですから」
「ぼくのためえ?」
「だって、先輩、まじめだから……、着せ替え人形遊びなんて、一度もしたことないと思
って……」
「げっ!」
ぼくは、恐ろしいことに気が付いてしまっていた。さっきの電話でも「人形」と言って
いたのではなかったか。
もしかすると、こいつら……。
もしかするのではないかと思った。
その学校に一人いれば、ほんとうは三十人はいるという、あの恐ろしい存在を……。
「おまえたち、もしかして……、あれか?」
「実は、そうなんです〜ウ!あたしたち、……キジン会なんですウ!!」
メグが、すでに成熟した十三歳の女体を、身悶えするように揺らしていた。チェックの
パンティに包まれた、大きなヒップをくねくねとくねらせていた。
「キャイ〜ン、さすがに先輩に告白するのは、恥ずかしいわアン!」
メグの、正月らしい演出の紅白のチェックのブラの中に充満した乳房の肉が両側の肘の
間に挟まれていた。
彼女が両手の拳骨を、頬にあてていたからだ。
む乳〜ッ。
お饅頭のように膨れ上がっていた。圧迫から解放されていた。ぶるんぶるんと嬉しそう
に踊った。
キジン会とは?
最近、全国の女子中学生に蔓延する恐ろしい病気、いや遊びだった。
それは、略称なのだ。
正式には、『着せ替え人形同好会』というらしい。
だれが始めたのか?
何のためなのか?
本当のところは、誰にもわからない。
ただ、『着せ替え人形同好会』は、われわれ女子中学生の退屈な日常という、綻びのきた、
くたびれた世界を引き裂きつつ、非日常的な、祝祭的な、演劇的な時空間を実現するため
に存在しているのだった。
『着せ替え人形同好会』の活動目的は、ただひとつ。
男子生徒を人形にみたてて、着せ替え遊びをするということだ。
そこに服を脱がせるという、楽しい過程が存在するのは、理の当然だった。
正月の蜜柑を食べる前には、皮を剥かなければならない。
着せるものは、原理原則からすれば何でも良い。
しかし、現在の流行の中心は、彼女の第三次性徴が開始される以前の、子供服だった。
第二次性徴末期の小学校高学年から、対象となる男子の体格が小さい場合は、中学年か
ら場合によっては、低学年までの服が、その対象になる。
どっちみち彼女の家の押し入れの中に眠っているか、不要になって捨てられるのを待っ
ていた服だ。
自分では、二度と着られないのだ。
マスコミの御用心理学者の誰彼は、これを「失われた少女時代を回復するための代償行
為」として論じていた。
しかし、その行為の当事者たる我々にとって、そんな理屈は関係ない。楽しいから、笑
えるからやっているだけだ。
男子生徒の、ズボンの中に秘められたあの部分こそ、女子生徒の興味と関心の集中する
神秘の世界でなくて、なんだというのだろうか!
『着せ替え人形同好会』は、その場所に断固たるメスを入れたのだった。
白日のもとに、あれをさらけだした。革命にも比すべき、発想の転換だった。隠してい
るのならば、強引に脱がしてやればよいだけのことだ。
全国の女性は、何をためらっていたのだろうか!?
すでに、我々は、そのために必要な肉体的、精神的能力を完全に、その掌中に収めてい
た。あとは実力行使だけだった。
男子など、メグのへそピアスにぶらげられている、小さな人形のようなものだった。
メグとマリは、「キジン会」会員だった。
なんというひどい、いや羨ましいことをする奴らだろうか?
ぼくは口元のよだれを、手の甲で拭っていた。
「それでね、先輩!」
メグは、ぼくと茶色の前髪の額を付けるようにして、よからぬ相談を初めていた。
彼女が、あの膨らんだスポーツ・バッグに何を詰め込んできたのかは、もはや明々白々
だった。
ぼくも、自分の部屋の壁面の収納戸棚の奥に、小学校時代の服を、きれいに整理してし
まってある。
お兄ちゃんとの、大事な思い出のビキニもある。すべてを捨てずに樟脳を入れて、適正
な湿度と温度の世界で、保存し管理していた。
兄貴がいけないのだ。妹に悲しい思いをさせて、その欲望を異常に掻き立てるような真
似をするから。
ぼくは、すっかり後輩たちのペースに、のせられていた。
新・第三次性徴世界シリーズ・10
『着せ替え人形同好会』の巻・前編 了
笛地静恵
|