新・第三次性徴世界シリーズ・10
温泉宿の巻・2
笛地静恵
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11・六月 梅雨の晴れ間に


 六月の梅雨の雨が上がって青く空が晴れた日に、虫取りのために、山の奥に入っていっ
たことがあります。人があまり通っていそうにない細い山道に、踏み込んでいきました。
小さいけれども、身は軽いのです。ぴょうんぴょんと、飛ぶように登っていきました。
 ズック靴が、いきなり、ぐちゃっと湿った草を踏んだのでした。雨水の冷たさがありま
せん。暖かい水が、靴に染み込んでいたのです。草の中に、小さな流れがありました。こ
の上に、温泉の出る湯元があったのでしょうか。聞いたことがありませんでした。
 流れを辿っていきました。地面に源泉を囲っていたらしい、コンクリートの基礎の部分
がありました。四角くまだしっかりと残っていました。コンクリートの厚みは、十センチ
メートル以上はあったでしょう。十畳間以上の広さがありました。
 コンクリートの角の一部が割れて、欠けていました。草の中に落ちていました。その上
にも土が積もり、草が生えていたのです。放置されてから、ずいぶん時間が、経過してい
るのが分かりました。激しい雨に抉られて、土の中央が抉れたように陥没していました。
そこから、暖かいお湯が、草のなかに流れだしていたのです。
 大人たちも知らない場所でした。普通に、お湯が湧いて出ると、考えられているところ
よりも、ずいぶんずれた場所にあったからです。
 「上湯」としても、もっとも標高の高い場所の一つでしょう。森の木々の間に『天女楼』
の新館と旧館の、大きな建物のある村を、かろうじて見下ろすことが出来ていました。
 源泉の出る場所は、たいてい羽衣川の流れに沿って、点在していたのです。ここは、い
つの時代か、お湯の出る量が少くなったのかもしれません。廃棄された場所の、一つなの
かもしれませんでした。そういう場所は、他にもいくつもありました。古老によれば、地
球にガイア隕石が衝突した時に、その衝撃によって、地下の水脈もあちこちで変化してし
まっていたのです。
 しかし、コンクリートの枠の中にたまった土砂と、枯草の一緒になった濡れたような黒
い土を、手で掘り出していました。お湯は地面の下から、あとからあとから湧き出てくる
のでした。脈があるような気がしました。
 小さな穴の底を、茶色い暖かい湯が、埋めていきました。ぼくは、自分専用のお湯とし
て、『信平湯』と名付けることにしました。
 嬉しくて、誰にも秘密にしていました。お母さんにさえ、言ってはいませんでした。元
湯を一人で見付けると、幸福になるという言い伝えが、村にはあったからです。ぼくは、
お母さんを、幸福にしてあげたかったのでした。
 夏休みに入ったら、掘り出してやるつもりでいました。本格的に掘り返して、自分だけ
の温泉にするつもりでした。

12・七月三十一日 午前

 しかし、道具がありません。悪いと思ったのですが、『天女楼』のゴミ処理場から、だれ
もいない隙に、大人用のシャベルを、盗み出していました。三本あるうちでも、いちばん、
小さいものを選びました。
 経験からいって、道具がないと、どんな仕事でも捗りません。子どもの力では、大人用
の大きなシャベルを使うのは、大変でした。ぼくの身長と、ほとんど変わらない大きさが
ありました。
 とうとう夏休みが来ました。
 午後には、『天女楼』の仕事があるのです。遅くても午後三時には、旅館に入っていなけ
ればなりません。そうしないと、三助の親方に大目玉をもらうのでした。遅刻しないよう
に、特に注意されていました。夏休みに入って、お客様の数も増えていました。前にも話
しましたが、ぼくは、結構、お客さまに人気があるのです。マスコットがいなければ、話
になりません。
 それで、早起きして午前中に、コンクリートの枠の中の土を、一度に少しずつ掘り起こ
していました。掘るたびに、お湯の量が増えてくるようでした。いくらかは、楽になって
もいたのです。
 ここからは、狸娘の多佳子のことを、話さなければならないでしょう。夏休みに入って
から一週間たった、七月の最後の日のことでした。

                 *

 七月三十一日のその日も、真っ黒になりながら、泥と土と格闘していました。集中して
いましたし、焦ってもいました。多佳子が、後を付けてきていたことにも、まったく気が
付かなかったのです。彼女は大きな狸のくせに、猫のように足音を忍ばせて動けるのです。
多佳子の目も、猫のように吊り上がっていました。
 通学の途中でも背後から、ぼくの両目を大きな手で塞がれて、何回「だあれだ?」をや
られたことでしょうか。分かり切っているのに。そのたびに胸を後頭部に押しつけてくる
のです。気持ちが悪かったのです。身体はでかいのに、心は子どもでした。万梨阿ならば、
こんな子どもじみた遊びは、絶対にしません。
「見付けた!」
 いきなり、声を掛けられた時には、ぴょんと飛び上がるほどに、びっくりしていました。
「なんだ、多佳子か?」
 ぼくは、ショベルにぐったりと身体を預けていました。気が抜けていました。心臓がば
くばくと鼓動していました。
「なによ?なんだは、ないでしょ?」
 多佳子は、レモンジエローのTシャツの、すでに十分に高く、三角形に突き出た胸の下
で、偉そうに腕組みしていました。
 村で一軒だけの、郵便局の一人娘である彼女は、他の村の子どもと比較すると、おしゃ
れな服装をしていました。父親が、勤務の帰りに隣村のデパートで、買って来てくれると
いう話でした。
 暑い夏の日でした。軽装でした。
 そのころの村で、スカートではなくて、短いパンツのような赤茶色のズボンを履いてい
るのは、多佳子ぐらいでした。万梨阿でも、こんなおしゃれをしてはいませんでした。
 膝の下までの、白いソックスを履いていました。鋭い葉の縁で、素肌を切らないように、
用心していたのでしょう。それが、長い脚を、さらに長く見せていました。ぼくの胴周り
ぐらいはありそうな太腿の皮膚が、皮下脂肪でぱんぱんにはちきれそうでした。
 森の中を、大きなシャベルを担いで上っていく、ぼくの姿を偶然に見付けたのです。不
審に思って追跡して来たのと、得意そうにいいました。犯人を見付けた刑事のようでした。
 胸を張っていました。Tシャツの下で、彼女の左右の乳首が、つんつんと生地を押し上
げていました。そこだけでも偉そうに、自己の存在を主張していました。
 太陽を背にした彼女は、いつもよりも、もっと大きく強そうに見えていました。ぼくが、
コンクリートの枠の中の掘り下げた低い地面に、立っているせいもあるでしょう。でも、
本当に大柄な少女でした。
「見付けたぞ、ドロボウ!」
 勝ち誇っていました。両手を、相対的に細い腰に当てていました。まぶしくて、目を開
けていられないぐらいでした。
「なんだよう」
 ぼくは、たじたじになっていました。
「あんた、だったのね。『天女楼』のゴミ焼却炉から、シャベルを盗んでったのは」
 上級生に対して、あんたはないと思うのです。
「ちょっと、借りただけだよ。終わったら、返すつもりだったんだ」
 ぼくは、言い訳をしていました。ショベルの、『天女楼』と黒い墨で、名前の書かれた部
分を、せめて身体で隠すようにしていました。そんな小細工をしても、手遅れだったので
すが。
「でも、ドロボウは、ドロボウよ。でしょ?ゴミ焼きのおじさん、誰の仕業だって、すご
く怒ってたわよ」
 多佳子は、コンクリートの縁の上に、靴を乗せていました。しゃがみこんでいました。
短パンが小さいのです。そこから白い下着が、ちらりちらりと見えていました。でかい狸
の尻でした。黙っていました。そんなことをいったら、こいつには、何をされるか分かり
ませんでした。それこそ、あの尻に押し潰されるかもしれないのです。尻を、無意識にゆ
らゆらと揺らしながらいいました。
「ねえ、取引しようか?」
「取り引きって、なんだよ?」
「このお湯を、あたしと信平だけの、秘密の場所にしましょうよ。名前は、そうねえ、『多
佳子湯』がいいかしら?」
 お湯の源泉は、発見者の名前が付けられるという、昔からのしきたりが、村にはありま
した。「源兵衛湯」とか、「清兵衛湯」というようにです。
「そうね。それがいいわ」
 多佳子は、一人で勝手に決めていました。ぼくに拒否できないのが、分かっていたから
です。無視して土木作業を再開していました。
「ねえ、早く掘ってよ。あたし、早く『多佳子湯』に、入りたいんだからね」
「そんなこと言ったって、たいへんなんだぜ」
「貸してみなさいよ。せっかくのシャベルが泣くわよ。ほんとうに、もう!男の子って、
力がないんだから!じれったい、たら。ないわ!」
 多佳子は、靴を脱いでいました。白いソックスを、その中に突っ込んでいました。素足
で、泥の中に飛び込んで来ました。びちゃん。泥が、ぼくの顔まで跳ねて来ました。
 手から、シャベルをひったくるようにして、取り上げました。
 それからの、多佳子の活躍は、驚くべきものがありました。ぼくの身長では、直立して
いても、シャベルの取っ手が、顔の前の高さに来ます。明らかに大きすぎました。しかし、
小学校四年生で二歳年下のくせに、ぼくよりも大柄な多佳子の身体には、しっくりとあっ
ていました。視るからに使い易い道具でした。
 ぼくが、六日間を掛けて、ようやく掘り上げたのと同じ分量を、小一時間で、掘り出し
てしまいました。休憩も取りませんでした。人間ブルドーザーでした。
 多佳子も村の子です。頑健でした。それに、都会の子のように、汚れることを、まった
く嫌がりません。楽しんでいました。大がかりな泥遊びのようでした。
 多佳子の手に掛かると、重い濡れた土が、柔らかい豆腐のように、さくりさくりと掬わ
れていきます。コンクリートの外に、重さのないもののように、さっと放り投げられてい
くのでした。怪力女でした。シャベルの方向によっては、自分の方に飛んでくる爆弾のよ
うな黒い土の塊から、逃げ回っていました。狙っていたのかもしれません。
 やがて、シャベルの先端が、ガチンと音を立てました。なにかに当たっていました。火
花が、飛んだような気がしました。
「なにかしら?」
 多佳子がしゃがみこんでいました。地面の底に、大きな石のようなものを、掘り当てた
のです。手で泥を拭い取るようにしていました。灰色の表面の一部が、覗いていました。
 周囲の土から、掘り下げていきました。かなり大きな石でした。漬物石のようでした。
「ちょっと、どいてて。あぶないわよ」
 そういうと、両手で左右から岩を抱え込むように、持っていました。でかい尻でした。
空中に、つきたっていました。短パンの生地が、きつく股間に食い込んでいます。女の子
の秘密の割れ目の形が、くっきりと刻まれていました。
狸の尻尾は、見えませんでした。
 全身の筋肉に、力を込めていったのでした。さすがの多佳子も、この時には、全力を振
り絞っていました。しなやかな腕にも、力瘤が隆々と盛り上がっていました。顔が、紅潮
していました。
 それから。
「うおっりゃ!」
 勇壮な掛け声とともに、岩を頭よりも高く持ち上げていました。そして、外に放り投げ
たのです。
 ずし〜ん。
 草の生えた地面が、ぼくの靴の下で、びりびりと震えていました。この女とは、絶対に
喧嘩しないぞ。ぼくは、心に誓っていました。
 さすがに、ふうふうと、肩で荒い息をしていました。
 しかし、苦労して岩を取り去った効果は、驚くべきものでした。
 どん。
 爆発したような音がしたのです。多佳子もコンクリートの枠の中から、外に飛び出てく
るような音でした。
 最初は、黒い水が、ぶしゅっ、ぶっしゅうと、間欠的に吹き上げていました。水が咳を
しているような、妙な感じでした。
 水源に、蓋をしてあった石のようでした。ひとときの咳が納まると、お湯は、今までに
ない分量で、ぼこりぼこりと豊かに溢れてきたのです。
「すごーい!」
 ぼくも、多佳子もびっくりでした。みるみるうちに、コンクリートの中をいっぱいにし
ていったのです。土の泡の浮いた濁った水が、欠けた縁から溢れていました。
「やったあ、『多佳子湯』。完成だあ!」
 多佳子が、大きな両手をバシバシと叩いて、喜んでいました。お湯が、みるみる透き通
っていきました。狸の丸い顔が、紅潮していました。
「すごい、すごい」
 ぼくも、感動していました。小さな手でパチパチと拍手していました。
 『信平湯』でないのが残念でした。が、この半分以上が、多佳子の努力によるものであ
ることも、認めなければなりませんでした。ぼく一人の力では、まだ何日もかかったでし
ょう。第一、あの大岩を、一人でどかすことができたでしょうか。自信が、ありませんで
した。
「よし入るぞ!」
 多佳子が、いきなりそう宣言しました。
 Tシャツには、お湯がびっしょりと染みていました。身体に、ぴったりと張りついてい
ました。乳房の形を、くっきりと、しめしていました。生地が透けるようでした。乳首の
形と色さえも素肌よりも、くっきりと艶かしく示していました。素肌に張りついた、もう
一枚の薄い透明な狸の皮膚のようでした。
 Tシャツを、両手で頭の上に持ち上げていきました。何のためらいもなく、脱いでいき
ました。男子のぼくがいることも、まったく気にしていませんでした。大きな胸が、ぶる
ん、ぶるんと、揺れていました。内部からの若さに充溢して、はちきれそうでした。肉の
ロケット弾のようでした。
 ぼいん。ぼいん。
 突き出ていました。乳首が上を向いています。
 温泉街の子どもは、小さな頃から戸外の浴場で、全裸で水浴するのが習慣でした。多佳
子だって、去年までは裸で羽衣川で水浴びするのに、付き合ってやっていたのです。
 その頃は、ぼくよりも小さかったのです。急に深くなるところで溺れたりしないか、上
級生として見張っていてあげたのです。可愛い瞳だけが大きな、子だぬきのような女の子
でした。お転婆な性格でした。いくら注意しても、危ない急流の方にいこうとするのです。
ダメと、折檻しなければなりませんでした。
 ぼくは、多佳子の身体を、何の苦もなく膝の上に乗せて、小さなお尻をぺんぺんしてや
ったのです。つい一年前のことなのです。信じられないような変身ぶりでした。あの可愛
い小さな桃のような白いお尻が、何倍にも膨大に変身していったのです。
 ですから、彼女の素裸を視るのは、別に初めてではありませんでした。でも、今年にな
ってからは、そういう機会から遠ざかっていました。多佳子は、小学校の四年生の春から、
めきめきと身長も延びて、身体が大人に成長していたのです。
 短パンも、その下の白い下着も全部脱いでいました。楽園のイヴのようでした。近くの
木の枝に、風で飛ばないように、丁寧に引っ掛けていました。村の子どもは、こういうコ
ツは身につけているのです。
 お湯の中に、走っていきました。
「エイ!!」
 両足で跳躍していました。ざんぶと飛び込んでいきました。しぶきが、ぼくの顔の方ま
で飛んできました。
「気持ちいい!」
 多佳子は、自分の高く突き出た胸元に、お湯を両手でばしゃばしゃと掛けていました。
太陽に向かって、白い歯を剥き出して笑っていました。雫が宝石のように、少女の周囲に
煌めいていました。秋雨のように降り注いでいました。きれいだと思いました。
 その時になって、ぼくは自分のあそこが、むくりむくりと、立ち上がっていることに気
が付いたのです。パンツの中で、痛いように立っていました。
 ぼくは木の下に、凍り付いたように立っていました。動くことができませんでした。股
間のズボンの中に、つっかえ棒が一本、入っていたからです。パンツに擦れて、先端が痛
い程でした。
 視てしまったのです。多佳子の股間は、真っ黒でした。大人の女の人のようでした。狸
は、体毛が濃い体質のようでした。
 それだって、『天女楼』で、三助をしているぼくには、特に珍しい光景ではありません。
毎日のように視ています。
 子どものぼくには、大人の女の人の股間は、視線よりも遥かに高い位置にあります。女
湯を歩いていると、無数の毛の森にも出会っていました。形も濃さもさまざまでした。大
人というものは、そういうものだと思っていました。
 しかし、多佳子のものは特別でした。つい去年まで、彼女のそこは、もっときれいでし
た。すっきりとしていました。縦の線が、一本すうと入っているだけでした。子どもらし
く突き出たお腹に、大きな葉っぱをつけて、金太郎さんの腹巻、と無邪気にぼくに見せき
たのを覚えています。
 それが、急に獰猛で猛々しいと言っても良いぐらいの、獣のような黒い三角形の繁茂を
示していたのです。ぼくは、圧倒されていました。恐怖心さえ抱いていたと、言っても良
いでしょう。
 近所の小さな多佳子ちゃんが、二人切りの森の中で、いきなりにょきにょきと見知らぬ
大人の女性に、変身してしまったように見えたのでした。本当に、狸に化かされているよ
うな気分でした。
 それなのに、ぼくのあそこだけは、圧倒的な畏怖も何も感じていないように、一人で勝
手に、反応していたのでした。男のあそこには、人格がないということは、まだ知りませ
んでした。
 そんな、ぼくの不安も知らないで、多佳子の方は、コンクリートの浴槽の中で、白い裸
身を湯の中にきらめかせながら、ゆったりと泳いでいました。背泳ぎもしていました。プ
ールのようでした。
「信平も、いっしょに入ろうよ」
「ぼ、ぼくは、いいよ……」
「何、いってんのよ。信ちゃんも、頭から足の先まで、泥だらけだよ。そんなかっこうで、
村まで下りていったら、元湯を見付けたって、いっぱつで、みんなにばれちゃうよ。宣伝
して歩いているようなものだよ。『多佳子湯』は、二人だけの秘密でしょ?」
「い、いや、で、でも、ぼく……」
「えんりょなんて、しなくていいからさあ。半分は。信ちゃんのものなんだよ」 
 ざばあっ。
 コンクリートの縁に、両手を掛けるようにして、多佳子が湯から上がって来ました。乳
首の先端から雫が滴り落ちていました。人魚のようでした。
「さあ、おいでよ」
 ぼくは、森の中に逃げ込んだのです。でも、大股の脚の長い多佳子に、すぐに追い付か
れていました。万力のような力で、ひっぱれていました。
「おねえちゃんが、服を脱がせてあげますからねえ」
 多佳子の強い手の力で、ぼくのシャツも、ズボンも、するりと脱がされていました。
「多佳子は、お湯に入っていて良いよ。後は、自分でやるからサア」
 パンツだけは、両手で力いっぱい押さえていました。多佳子は、ぼくの目の前に片膝を
ついて、しゃがみこんでいました。それでも、ぼくよりも大きな身体でした。
「だめよ!そんなこといって。また、逃げるつもりなんでしょ。どうせ、信ちゃんの考え
ることなんて、そんなもんでしょ」
 図星でした。
「多佳子には、何でも、お見通しなんですからね」
 多佳子は、ぼくの両手を片手の指先で、ぱんとほんの軽く払っただけでした。それだけ
で、渾身の力で死守していたつもりのパンツから、両手を引き離されてしまっていました。
「もう、多佳子の方が、信ちゃんよりも、大きいんだからね。小さな子は、大きな子のい
うことには、素直に従わなければ、ダメ。なんですよ」
 多佳子は大きな声で笑っていました。胸元が、笑いに賛成するように、ぷにぷにと、揺
れていました。
「小さな子は、大きな子のいうことには、素直に従わなければ、ダメ」
 その文句は、去年まで小さかった多佳子に、上級生としてのぼくが、何度も言い聞かせ
てきた文句だったのです。
 ぼくのパンツが、下ろされていました。去年、多佳子のお尻を折檻して泣かせてしまっ
た時と、逆の状況でした。
 間がありました。
 それから。
「ちいちゃあ〜い。かわいい!!」
 多佳子が叫んでいました。ぼくのおチンチンは、大きくなって立ち上がっていたのに。
死ぬほどに恥ずかしかったのです。ぼくの両手は、多佳子の両手に、手首を捕まれていま
した。隠すこともできませんでした。
「ピンクの小人さんみたい!」
 十歳の少女が、おもちゃを見付けたような無邪気な感動ぶりでした。
「信ちゃんのおチンチンて、まだ皮をかぶっているんだね!多佳子のお父さんのとは、ず
いぶん違うね」
 多佳子は、ぼくのそれを、親指とひとさし指で、摘んでいました。
「結構、固いね」
 ぷるぷると、先端を震わせるようにしていました。
「面白い、動くよ」
 ぼくは、泣きそうになっていました。おしっこをちびりそうな妙な感触が、下腹部にし
ていました。
「信ちゃんて、まだつるんつるんなんだ!」
 多佳子の細くて長い指先が、おチンチンのつけねを撫でさすっていました。無毛の滑ら
かな皮膚の感触を、楽しんでいるような様子でした。左右のタマタマも、指先で軽く揉ま
れていました。
「多佳子とは違うね」
 ぼくは、震えていました。
「男の子って身体が小さいから、毛も生えてないんだね」
 多佳子は自分の黒い三角形の陰毛を、指の間で漉くようにしていました。濡れているの
に、じゃりじゃりという固い音がしました。剛毛なのでしょう。
「どうしたの?寒いの?」
 本当は、多佳子が恐かったのです。が、とても、そんなことは言えませんでした。
「だからあ!いっしょに『多佳子湯』に入ろうって、言ってるでしょ?天女湯のマスコッ
トが風邪をひいて休んだら、こまるでしょ?信ちゃんが、最初の、お客さまなんだよ」
 多佳子は、ぼくの脇の下に手を入れると、すうっと抱き上げてくれました。抱かれたま
ま、湯に入っていきました。とても暖かかったのです。最初は熱いぐらいでした。全身が、
冷えていたのでしょう。思わず、ぶるんと震えていました。
「かわいそうに。信ちゃんは小さいから、身体が、すぐに冷えちゃうんだね?あったまる
まで、多佳子が抱いていて上げるからね」
 十歳の少女の暖かい胸に、ぼくは頭を付けるようにして抱かれていました。多佳子の身
体は、とても柔らかくて暖かかったのです。太ももに、ぼくは尻を乗せていました。
 コンクリートの底には、まだ土がたまっていました。そ柔らかい粘土質でした。頭上の
木々の梢の向こうを、雲が風に乗って流れていました。ぼくは狸の多佳子とともに、泥の
船に乗って、どこか見知らぬ世界に旅をしているような、切ないような悲しいような、気
分になっていました。
 『信平湯』、あらため『多佳子湯』は、たしかに、お湯の量は多かったのです。が、欠点
がありました。ぬるかったのです。体温の三十六度Cと、ほとんど同じぐらいの温度でし
た。廃棄されて埋められていた原因なのかもしれません。この村の温泉では、水でうめる
ぐらいでないと、使えないのです。
 多佳子は、『天女楼』のマスコットの三助のぼくに、無料でチップもなく、背中を流させ
ました。手ぬぐいも軽石も何もないのです。手を使うしかありませんでした。小さな手が
くすぐったいと、さんざん笑われました。
 時間が、経っていました。
 ぼくが『天女楼』に、戻らなければならない時刻になっていました。
 『多佳子湯』を、絶対に秘密にするようにと、もう一度念を押されました。
「わかってるだろうけど、他の奴にばらしたら……。ひどいめにあうからね!」
 多佳子は、ぼくのパンツとズボンの上から、おチンチンを、ぎゅっと握り締めたのです。
悲鳴を上げていました。
「この小さな奴を、引っこ抜いてやるからね。そうしたら、信平じゃなくて、信子ちゃん
に、なっちゃうからね、わかった?」
 ぼくは、大きな狸娘がただ恐くて、うなずいているだけでした。兎の目をぱちくりさせ
ていたでしょう。
「返事は?」
 多佳子が、ぼくの目を睨み据えていました。
「はい!」
 反射的に応えていました。上級生にするような、従順な返答になっていました。情けな
くなっていました。ぼくは、兎のように臆病なのです。
「わかれば、よろしい!」
 多佳子は、ぼくの髪の毛を「良い子。良い子」と、撫でてくれました。
 『天女楼』のシャベルは、彼女が分からないように、ゴミ償却場のどこかに戻しておく
という、手筈になっていました。
「仕事中に戻っていれば、少なくとも、信ちゃんの仕業じゃなかったって、みんなが思う
よ」
 なかなか利発な子でした。身体だけが大きくなっただけでは、なかったのです。狸のよ
うな悪知恵も、発達していました。
 ぼくは、シャベルを肩に担いだ多佳子に手を引かれながら、山のふもとに駆け下りてい
きました。『多佳子湯』の流れが、足元をせせらぎとなって、いつまでもいつまでも、つい
てきていました。
 このように書くと、ぼくの人生を変えたのは、狸の多佳子ではないかと、みんなが考え
ると思います。でも、それは、ここまでの話ではということです。
 狐の万梨阿が、ぼくの物語の女主人公ということになるでしょう。それは、本当に偶然
のことでした。現実には、伏線なんてありえないのだと思います。次に彼女のことを書き
ます。
新・第三次性徴世界シリーズ・10
温泉宿の巻・2 了
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GIRL BEATS BOY