死闘・まもるVSヨーコ
Text by mampepper
PART-1

まもるは噛みつきそうな勢いで、その女の座った机をバシバシと叩いた。
「この野郎!姉ちゃんを……姉ちゃんを返せ!」
詰襟の学生服を着たまもるは、今にも女につかみかかろうとしている。
「お前!姉ちゃんをどうするつもりなんだ!」
変声期独特の声で、まもるは女を問い詰めた。
女は涼しい顔で、口からタバコの煙りを一筋、吐き出した。
「キミがどんなに凄んでもムダよ…
アタシはただ、正当な抵当としてアンタのお姉さんを貰い受けただけ」
女―真行司ヨーコは、このあたり一帯では悪名高い金融屋の社長である。
資金繰りに苦しむ業者に高利の金を貸し付け、少しでも返済が滞れば情け容赦なく
取り立てることで知られていた。しかし見たところまだ二十代半ばで、
若々しい肢体を誇っていた。
まもるの両親は、ついついこの社長の口車にのって高利の金を借り、
結果として事業に行き詰まってしまったのである。
返済に迫られた両親はついに借金の<カタ>として、18歳になるまもるの姉、
ミドリを、ほとんど人身売買同様に差し出さなければならなくなったのだ。
「ちくしょう!姉ちゃんを……姉ちゃんを返せ!今すぐ返せ!」
まもるは目に涙をためて、拳をヨーコに突き上げた。
「オレは…オレは死んでも、姉ちゃんを取りかえすぞ!」
ヨーコは、そんなまもるの様子をみて、口元にわずかな微笑を浮かべた。
「……そう。わかったわ。キミのそのお姉さんを思う心に免じて、
 一度だけチャンスをあげる」
「……えっ?」
「明日の夜、ウチの地下室に来なさい。そこで、私の指定する相手と試合をやってもらうわ」
「…………!?」
余りにも唐突な提案に、まもるは一瞬、言葉を失った。
「キミ、学校の空手部で主将やってるんでしょ? 私の指定する相手と勝負をして、
もしもキミが勝ったら、キミのお姉さんを返してあげる。それに、ご両親の借金も
チャラにしてあげるわ。どう?」
「オレが勝てば、本当に姉ちゃんを返してくれるんだな?!」
「……別に信用しなくてもいいのよ。でもそれ以外に、お姉さんを助ける方法はないわ」
「くっ……!」
「それとも、怖いのかしら?さっき死んでもお姉さんを取りかえすって言ったの、
 あれは嘘?」
「嘘なもんか…!」
「…ふっ、じゃあいいわね。明日、深夜12時きっかりに、ウチの地下室にいらっしゃい」
「…よーし! 誰が相手でも…負けるもんか!」
その時、ヨーコの目がキラッと輝いたのに、まもるは気がつかなかった…。

12時のアラームが鳴る。
「よしっ!」
白い空手着に身を包んだまもるは、一声キアイを入れて、地下室のドアをあけた。
(誰が相手か知らないが、それしか姉ちゃんを助ける方法がないのなら……
 絶対に勝ってやる! 姉ちゃん、待ってろよ!)
そこは小さなジムになっていて、薄暗い中にボンヤリと浮かぶように、白いリングがあった。
その上で待っていたのは、ガウンを着たヨーコだった。
「アンタか! 相手はどこだ?」
ヨーコは、口元に不適な笑いを浮かべて言った。
「フフフ…もうとっくにキミを待っているわよ」
「えっ!?」
「フフフ……まだわからないのッ!」
そういうと、ヨーコはパッとガウンを脱ぎ捨てた。
タンクトップにトランクス、オープンフィンガーのグローブに裸足のムエタイ・スタイル。
豊満な胸ははちきれんばかりに揺れていた。社長室の椅子にふんぞり返っていた時からは
想像もできない、逞しい肉体をまとった女戦士の姿がそこにあった。
「……あんたとやるのか?」
まもるは動揺を隠せない。
「そうよ。約束どおり、キミが私に勝てたらお姉さんは返してあげるわ」
「…………………」
「おい、ボウズ。やめとくんなら今のうちだぞ。ウチの社長はマジで強えぜ」
セコンド役の、黒服の男がまもるに耳打ちした。
「なっ……なにをっ!……」
「あら、女のアタシが怖いとでもいうのかしら?」
「…何をッ…よーし! 嘘じゃないだろうな!」
「ホントよ。……もっとも、勝てたら、の話だけどね。」
「くそッ…もう容赦しないぞ!」
「この試合にレフェリーはいないわ。お互いのプライドがルールよ。
 1ラウンド3分、5ラウンドでどう?」
「何だっていいぜ……よし! コテンパンにやっつけてやる!」
「フフフ……勇ましいボウヤだこと……さあ、ゴングをならしなさい」
社員らしい、黒服を着た男が、試合開始のゴングを鳴らす。

(くそっ…こうなったら、先手必勝だ!)
まもるは弾かれたようにコーナーを飛び出すと、
フットワークを使ってヨーコの右側へ廻りこんだ。
軽くジャブを出したまもるは、続いて渾身の力で正拳突きを放った!
(これで、決めてやる!)

次の瞬間、まもるの上体は大きくバランスを崩し、その勢いでロープにもたれかかった。
(???????!)
そこにあるべき標的が、影も形もなくなっていた。
ヨーコは想像を絶した素早いフットワークで、
まもるの正拳突きを難なくかわしたのである。
「ぐっ!!」
唇をかみしめて振り向いたまもるのアゴに、鋭い衝撃が走った。
瞬間、まもるは痛みを感じなかった。
アゴを中心にして脳を軽くシェイクされた感じで、
むしろいいようのない快感が、全身を包んだ。
「ううっ………」
ふらつく足を何とか押しとどめて、まもるはファイティング・ポーズを作った。
「どう? 私のジャブの味は。思ったより美味しいでしょ?」
ヨーコは、白い歯を見せながらまもるを手招きした。
「くそっ!」
ヨーコのガードごしにジャブのワン・ツーを放ったまもるは、
続いてローキックを出した。
ビシッ!
「あっ…痛うぅぅっ……」
ヨーコの強靱なスネでブロックされ、
逆にうめき声をあげたのは、まもるの方だった。
「どうしたの、ボウヤ? 
 そんなので大事なお姉さんを助けられるのかしら?」
「くそっ!……」
痛む足を押さえてうずくまっていたまもるは、
カエル跳びの要領でヨーコにパンチを放ったが、
これもまたかわされて、空しく空を斬った。
「ちくしょおおおっ!」
まもるは、自分を鼓舞するような雄叫びをあげながら、
むちゃくちゃにパンチを振り回した。
ヨーコは、口元に薄笑いを浮かべながら、
スウェーやフットワークでそれをかわしていく。
(くそっ……なんて、素早いんだ……)
空振りにつぐ空振りで体力を徐々に消耗していくまもる。
パンチにも、キックにも、目に見えてスピードと切れが失われていく。
前蹴りを放つと、ヨーコはその蹴り足をつかんで後ろに押し倒す。
ズデデ〜〜〜ン………
(はあ、はあ、はあ…………)
派手に尻餅をついたまもるは、リングに四つん這いになって息を整えた。
見上げると、そこには、誇らし気に笑うヨーコの顔があった。
「なあにボウヤ。なにをそんなに疲れてるの? 
 アタシはまだジャブ一発しか出してないのにぃ」
その言葉には、嘲りの調子が強く含まれていた。
「…なにをっ…くっそぉ……」
まもるは立ち上がって、ヨーコをにらみ返した。
「ふふ、そうじゃなくちゃね。アタシ、根性のあるコって大好きよ」
「くそっ…バカにしやがって!」
まもるはヨーコの顔面めがけて、回し蹴りを叩き込んだ。
しかし、それはまた寸前でかわされて、勢いあまったまもるの体は一回転した。
「……くっ!」
体勢を立て直してヨーコの方へ向き直ったその瞬間、
まもるの鼻っ柱にヨーコの右ストレートが炸裂した。
「うっ……ぶっ……!」
まもるは衝撃にのけぞり、ニュートラル・コーナーにもたれかかった。
鼻の粘膜が破け、鼻血が一筋流れていた。
まもるはその鼻血を、空手着の袖で拭いた。白い空手着が赤く汚れた。

(PART-2に続く)

(感想等は Mampepper@aol.com まで)

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